設計監理のバイオリズム

陽に照らされる集合住宅

陽に照らされると心地よさが戻ってきました。ここ2〜3日は朝の目覚めも良くなって来た気がします。ただ、ひと物件完了して気が緩んでいるだけかもしれませんが、心地よくともほとんど緊張感がありません。

実際、物件が完成して監理業務が終わるとしばらく頭の動きがぐっと緩慢になってしまう気がします。もちろん物件は他にも同時進行していますから、そんな事を言っている暇はないのですが、どことなく集中力が欠如して仕事中にも他のコトへ目移りしてしまう傾向が、自分にはある様な気がしてなりません。基本計画で施主さんにコレでいきましょうって言ってもらえた後、実施計画が終わって見積図面を業者さんに渡せた後、節目節目にそうしたグルグル急降下がやってきます。

またそこから長丁場に備えて徐々にエンジンの回転を上げ、急降下の一歩手前では息継ぎが出来ず酸欠状態になってしまい、モウロウとしているのもまた確か。ア〜もうわからん、コンでええかいな〜。最後の最後は自問自答に目の前が見えずフラフラ。

自分にとって谷あり山ありの設計監理はそんな風ですが、物件とのタイミングが合わなかったらホント気持ち悪くなります。いつまでも体力任せな事やっとたらアカンとも思います。もっと落ち着いて出来る術を一体どう身につけるか、それが今現在一番の悩みです。

「そういうもの」の疑問

朝の影絵

毎日毎日、よくもこんなに新しい疑問が出て来るものだと感心する。縁があって長期優良住宅の制度を利用した物件を進めていて行く中で、いままで当たり前のように思っていたところに次々と疑問符が湧き起こる。本来、どんな物件でも知らなかったでは済まされないのだけど、間違いでなくとも「そういうもの」と見過ごす事は山のようにありました。それにひとつずつ設計者・監理者として自分なりの答えを持とうとすれば、なかなか前に進まない。周囲は待ってくれず、日々焦るばかりです。

第三者として監理者になる設計士を入れるのが工事監理には良い。と文言は書けますが、その監理とは何か?を最近はひとつの課題と考えています。むろんデザイナーとしての立場で意匠を守る監理もありますが、施主さんの財産を守る監理もまた大切だと。簡単に書けても、実際の設計や工事はいろんな技術や知識や理論の集大成であり、その意味、原理を理解すること。そして現場に周知させることは容易ではないと今更ながらに実感する毎日。いくら試験に受かっても、一級建築士と胸を張れるのはまだまだ遠く長い道のりの様です。