正月は下呂温泉に行ってきました。

下呂温泉

ようやく休みが終わったというよりは、ようやくひと休みな気がしています。

年末年始とんでもなく慌ただしく年賀状にはまったく手つかずのまま、それでも大晦日は家族と共に下呂温泉で過ごしました。(行き帰りの車中はいそいそ製作に励んでおりましたが。。。。)
泊まった旅館は昭和天皇・皇后陛下もお泊まりの由緒ある「湯の島館」という旅館です。昭和6年から建てられ始め山腹に増築増築で拡がって、まるで立体迷路の様になっています。右に左に上に下に繋がる廊下を、案内図を睨めながらでも迷いそうになり、全貌を直に理解できそうにありません。
と、分かったのは帰りがけの朝のこと、着いた前の日はもう夕暮れでゴロゴロと過ごしてしまいました。今さらもう遅いわ!といった具合に、バタバタ駆け足で見て回って来た次第です。後から思うと(いつも)なんとモッタイナイことをしていることか。。。

下呂温泉の帰りは、名古屋港に寄って「南極観測船ふじ」を観てきました。また次回にて。

和倉温泉

今日は年賀状を出せる状態になって、ようやく正月から”解放”された気分です。

年末年始は庄司家家族で恒例の温泉旅行。先の記事に書いた通り、前日もぎりぎりまで仕事が終わらず年賀状も書かず、潔く諦めひと風呂浴びに「和倉温泉」出掛けました。和倉温泉と言えば老舗旅館加賀屋さんが有名ですが、残念ながら加賀屋さんではありません。と言いますか、加賀屋さんが此処にあることを目の前にやっと思い出した程度でして、はじめから分かっていればちっと調べてから、、、でもきっと諦めていたことでしょうが。

和倉の街は元旦に少し回ってみました。到着した時も海岸沿いにホテルが建ち並ぶ様子に驚きましたが、小さな波止場の先から振り返ってみると、海からニョキニョキ建物がそびえ立ちエラい風景やな〜と言う気がします。それらは現代建築というよりも、ひと時代過ぎたようなホテルばかり。全盛期のホテル建築ラッシュは、それこそすごい勢いだったのでは?と思えます。個人的にはもちろん面白いのですが、街としての新陳代謝はどことなく難しそうな気がしました。詳しく知らないので間違いな想像かもしれませんが、加賀屋さんが「おもてなし」を海外まで持ち込み展開されている背景には、ハードよりもソフトを武器にしなければならない現状と思えなくもありません。もちろん、それに関わらず「おもてなし」を大事にされてきた加賀屋さんの伝統は、きっと学ぶべきものが多いのだろうと思いますが。「おもてなし」の下手な自分こそ、奉公に行かねばならんのかもしれません。

 

そんなことはなににせよ、嫁さんは和倉温泉のゆるキャラ「わくたまくん」にゾッコンだったようです。お土産にわくたまくんミニぬいぐるみのストラップをようけ抱えておりました。

勝浦・那智滝

大晦日〜正月に家族で和歌山・勝浦に行きました。元旦は午前中チャーターのタクシーガイドで近くの観光名所を駆け足巡り。青岸渡寺と那智滝に詣でました。たまに来るにはいいけど住むのは大変やでとおもろいタクシーの運ちゃんの話に耳を傾け、写真のような快晴に新年早々すがすがしい気分に浸れた次第です。

泊まったホテルの部屋名がそれぞれ変わった漢字が当てられ読めずにいましたが、那智四十八滝の名にちなんでいると分りました。それも運ちゃんのお陰です。それで、ちょっと四十八滝についてネットで探してみたら、この那智には60余りの滝があるに関わらず、神道を主にした秘密性の高い行場であり禁足地であったため、平成になるまで四十八滝の所在さえも不明だったのだそう。ホ〜、なんと神秘的な。出不精のヨメさんが珍しくココならまた来てみたいと。高野山や熊野神話に憧れる僕としてはシメシメと言った感じです。

ただホンマ寒かったです。大晦日の晩に入った露天風呂には、寒さで笑いが出てしまうほど。湯面に立ち上がる湯煙に視線を近づけると、寒波の空を飛んでる気分でした。

広島ツアー

2003.01.04-05

個人的な事から始めて恐縮ですが、ヨメさんの「広島でやってる横尾忠則展を見に行きたい!」という一言から、正月に広島へ行かされるハメになりました。夜が明けやらぬ 4日の午前3時半に出発。どうせなら日本三景・宮島や厳島神社に初詣と山陽道を走り抜け、 宮島に着いたのが9時半を少しまわっったころでしょうか。まだ眠そうな羊。もとい鹿に出迎えてもらいました。

早速、厳島神社へ参拝。朝早くから多くの参拝客が境内を巡っていました。ほとんどは平安時代の建築様式だそうですが、能楽堂は江戸時代のもののようです。基本的には朱と緑に彩 られた境内ですが、この能楽堂が塗られていないのは、時代が違うせいなのでしょうか?(お勉強が足らなくてスイマセン。)
手を併せた後、お隣の大願寺にもお参り。こちらは弁天さん(芸術・開運の神様)をまつる日本三大弁財天ですから、個人的にハズス訳にはいきません。着いてはじめて知ったのですが、宮島には厳島神社の他にも沢山の寺社仏閣があります。下調べをせずに来たのには少し後悔しましたが、目についた所へ行き当たりばったりで廻る事にしました。

始めに行き着いたのは左の写真にある多宝塔。
その後、大聖院へ向いました。大聖院には願い事をひとつだけ叶えてくれるという一願大師が祀られていると宮島案内に載っているのですが、境内のあちこちにごった煮のように神さんが祀られてました。願い事を叶える為に、神様の分業でしょうか。有り難みがあるようなないような。
その後、港に向いつつ右2つの写真にある千畳閣に寄りました。豊臣秀吉が造らせたそうですが、秀吉の他界によって完成せずままになっています。大きな広間は秀吉の豪傑ぶりが分かるような気がしました。まん中の写 真にちらっと見えますが、梁に掛けてあるのはでっかい杓子(しゃもじ)です。宮島の商店街には世界一の大杓子もありますが、なんで杓子なんでしょう。もう少しお勉強します。

ゆっくり廻ればもっと良い所を見つけられたのかもしれませんが、徘徊した島の中はほとんど観光地化しているように思えました。今一つ古い町並を楽しむというおもむきに浸れなかったのが残念です。むしろ、商店街の道沿いに掛る折り畳み式の天蓋(アーケード?)がとても印象的に残りました。旅行先では、ちょくちょくこうしたアーケードに興味が惹かれます。とてもアジア的な感じがしました。

昼過ぎには宮島を離れ、広島市内に向いました。
着いた早々まずは、大建築家・丹下健三先生の広島平和記念資料館を見ておかないと。と思った矢先、写 真の通り外壁の改装工事中。スッポリ囲まれているのを見て大ショックです。
少し前に建築史家・藤森照信氏の講演で東館(写 真右)がすっぽり石パネルに囲まれているスライドを見ていたので、改装中らしい事は知ってはいましたが、目的の西館(写 真左)がこの状態とは、時すでに遅し。トホホです。建設当時、コンクリート打放しで柱梁を巧みな日本的意匠に昇華させた事で世界的にも注目されたモダン建築です。年初めに、その静閑でかつ力強い容姿を拝まないとと、設計者のはしくれが初詣気分で来たのにアレマ~という具合。これまた後悔しきりです。
コルビジェのピロティを模した列柱空間も直に体験したいと思っていたのに、入る事すらできません。かろうじて内部の展示は見る事ができましたが、自分にとってのメインディッシュは食べ損なった気分でした。

原爆ドームも補修工事中。広島に来た甲斐がまったくありません。気を取り直して、市街探索へ。すばやい変わり身です。
中心の商店街は何となく道幅の広い大阪心斎橋と日本橋の合体といった感じで、うろうろしながら見つけた「Blue flat cafe」というカフェにまず入って休憩。一息ついたところで、店員さんにお好み焼きのおいしいお店を紹介してもらい、食べ損なったメインディッシュの埋め合わせに向いました。
八昌」 というのがそのお店。中心から少し外れているので分かりにく場所ですが、地元でもイチオシ人気店らしい。たしかにうまかったです。広島風お好み焼きというと、僕には祭の屋台で食べるもの(?)という片寄ったイメージしかありませんでしたが、それを十分に覆してくれる満足度でした。生地はパリッとしながら、ジューシーな具がお肉に挟まれて、食感も今までに知る屋台の広島風お好み焼きとは一風違っていました。
満足して、夜の広島市街を探索しつつ予約しておいた宿へ。

 

一晩明けて、1月5日。左の写真は爆心地に建つ石碑。この日、広島は雪景色です。
朝一番から目的の「横尾忠則・森羅万象」展を観に、広島市現代美術館へ向いました。まだひと気の少ない朝から美術鑑賞です。横尾忠則のピラミッドパワーには敬服します。次から次へ溢れんばかりのイメージに圧倒されるばかり、横尾ファンの1人としてはやはり見逃せない展覧会でした。
見終って美術館内のカフェで昼食をとり、折角なので同時開催されていた収蔵作品展も見る事にしました。
たまたまこの日「キュレーターアイズ」と題した、この館の学芸員さんがセレクトした収蔵作品を解説付きで一緒に廻って頂ける催しにタイミングが合い、集合時間に開場前でスタートするのを待ち構えました。ところが、集まったのがヨメさんと2人だけ、時間が過ぎたので学芸員さんも、仕方がないのでお二人で始めましょう。実は私がご案内するのは、今日が初めてです。うまくご案内できるか分かりませんが、1時間ぐらいの予定をしています。と言うことで、豪華な解説つき美術鑑賞が始まりました。
相手は 2人しかいないので、学芸員さんもざっくばらんの解説になり、もともと現代美術の好きな私は、あれやこれやと学芸員さんを困らせる質問を連発。(いやいや素直な質問です。)学芸員さんも時間を気にせずお付き合い頂くものですから、予定時間をどんどん過ぎて行きます。結局見終った時には閉館前。1時間の予定が2時間半を廻ろうとしています。最後の展示あたりは学芸員さんも僕も駆け足気味になる始末。こんな客にお付き合いいただいた学芸員さんに、心からお礼申し上げます。美術館でこんなに楽しませてもらえたのは初めてかもしれません。
閉館ギリギリになり慌てて締まりかけのショップに急行。売り上げの勘定を始めていたショップのお姉様方に此処でもまた無理を言い、横尾忠則グッズを買ってようやく美術館を後にしました。正月なのか、混雑することもなく、美術鑑賞をこんなにも楽しめたのは来た甲斐があったというものでした。
ということで、後半の写真はほとんど撮らず帰路に着きました。

帰ってから、ヨメさんが美術館の袋をあけると買ったはずの横尾忠則展の図録が無~イ!!!!!。私の方は、少し前に同館でやっていたダニエルリ・ベスキンド展の図録を買い忘れた~!!!!!。と大騒ぎ。正月から慌て者の夫婦は美術館へ連絡して図録を送って頂くことになるという後日談つきで、今回のレポートは締めくくりです。お粗末さまでした。

 

その他、今回参考にしたHPの紹介です。
広島観光ホームページ
arch-hiroshima 
ほぼ日刊イトイ新聞 -横尾さんのインターネット。

金沢ツアー

(2002/3/23~24)

タナからボタモチ

嫁さんの友人から新聞の懸賞で当った金沢旅行を頂いた。これはラッキー、後先考えず、始めてのサンダーバードに乗り込みました。
大阪駅に朝の7時前に集合。車内販売のサンドイッチで朝食。

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近江町市場

出発して約2時間半、10時前には金沢の地に辿り着いた。(金沢ってもっと遠いと思ってた。)残念ながら、お天気の方は具合悪い。
観光マップを片手にまず向かったのは近江町市場。3月になって時期が過ぎたからだろうか、カニの叩き売りがけたたましい。蟹にしても魚にしても普段よりとにかく安く、嫁さんは嬉々としている。何を思ってかゲソの天婦羅を買ってしまい、頬張りながら市場を練り歩く。いきなり旅行気分満喫だ。
前もってインターネットで調べておいたおいたおかげで、まずは目的の寿司屋を見つけた。『舟楽(SYURAKU)』お寿司といっても手押し棒鮨のお店で、カウンターに並んでいるサンプルが見た目も美しい。おやつ代わりにしようと、さっそく2本程買って、さらに市場探索へ。
お昼までには少し間があったけど、一日中行列の切れ目がないという海鮮丼のお店『井ノ弥(INOYA)』 へ向う。3組ほど開店を待つお客さんがいたが、そのまま後ろに並んでいると、次々に後ろに列が延びていった。僕が「井ノ弥どん」嫁さんが「ちらし近江町」という店のメニューの中ではリーズナブルなものを選んだのだけど、肉圧のある刺身がたっぷりトッピングされた具沢山のどんぶりで、大満足。
腹の具合も良くなったところで、市場を後にした。

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旧園邸・松向庵

たまたま金沢城公園に向かう途中、金沢市指定文化財の標識を見つけて入ってみたのが『 旧園邸・松向庵』という、大正半ばに建てられた和風住宅。茶道に通 じた方が建てたとあって、偶然と言えとても素敵な空間に出会えた。
個人的な趣味で言えば、この旅行のなかで一番の収穫であったかもしれません。造作のひとつひとつが非常に繊細でモダンであり、少しも古さを感じさせない緊張感が漂っていました。玄関に建つと奥にある雪見障子越しに庭が見えるまで、パースが効くよう間仕切りのふすまの開口幅を奥になるほど狭くしてあったり、雪国らしく土間縁の雨戸に雪見障子と合わせてガラスの開口を設けてあったりしています。
今では見られない柄の型板ガラスは新鮮でしたが、案内のおばさんによると小さい時分は大衆的で野暮ったい印象があったそうです。
あまり知られていないのか見学の間、他の見学者も来ず、のんびりとおばさんの思い出話しも聞きながら、 実際に色々なところを触らせてもらったり無造作に見せて頂けたのが、普段とはまた違った体験でした。

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金沢城

後になるまで全く知らずにいたのですが、この日、金沢城公園は『加賀百万石博』のスタート当日だったそうです。午前中にはNHK大河ドラマ『利家とまつ』に出演している俳優の唐沢寿明さんと松嶋菜々子さんが開幕式に来てたり、田中美里さんがトークショーに出演してたりしたそうで、それを見逃した嫁さんは残念がりました。
金沢城探索は色々な表情の石垣や、復元された五十間長屋の木造の架構がダイナミックで楽しめます。また、展示されていた伝統木造工法の仕口の加工サンプルがとても複雑だったのが印象的でした。

余談になりますが、夕方頃にカメラの電池を買うため入った小さな土産物屋さんのおばあさんの話によると、お孫さんの通 う小学校ではホーム時代ドラマ「利家とまつ」 を見ないと学校の話題に乗り遅れるのだそうです。かく言う私は一度も観た事がないのだけど。f(^_^;)

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兼六園

金沢に来たのだから、名勝『兼六園』を訪れない訳にはいかないだろうと向いました。しかし残念な事に雨降りとまだ時期が早くて花が咲いておらず、思ったほどの魅力が感じられなく残念でした。暖かくなれば百花繚乱、すごいのだろうなと、想像するばかりです。
仕方がないので、茶店でまんじゅうを食べ抹茶をすすりました。

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美術館界隈

兼六園の南西側に美術館などが建ち並ぶ界隈があります。この辺りに来た時には、もうすでに夕方になって日も暮れかけていました。建物の中に入る事は出来ませんでしたが、重厚な赤レンガ造りの『石川県立歴史博物館』『中村記念美術館』にある茶室などを外観からだけでも楽しむ事ができます。
石川県立歴史博物館は、かつて旧陸軍兵器庫、戦後は金沢美術工芸大学に使用されていたものだそうです。
中村記念美術館は、昭和初期の中村家住宅を現在地に移築、改装し、昭和41年5月に開館一般 公開されたのがはじまりで、今は新館で美術品の公開がされています。また、別 棟として移築されている茶室「梅庵」や「耕雲庵」が側に建ち、茶会などに利用されています。
叉の機会があれば是非ゆっくり見て廻りたい界隈でした。

【 金沢の美術館ガイド 】カナザワ・ミュージアム・ガイド

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町並

この日の最後は、にし茶屋街にある居酒屋さんへ向いました。アトリエフィッシュの山下さんに教えていただいたオススメの『寺喜屋』さんです。「ゴリの天婦羅」をあてに飲む「天狗舞」は格別 と言うオススメにはかなり期待して向いました。しかもそのお店のご近所にある、お孫さんの通 う小学校の話題まで聞いた土産物屋のおばあさんに、「あそこのジャガイモはおいしい~よ~。東京の弁当屋が味をなんとか真似できないかって通 ったんだ」。てな話を聞いて、なんで金沢でジャガイモなんだ?ていう謎はさておき、ますます期待を膨らませました。
な・の・に、まだ7時を少し廻ったぐらいと言うのに、「今日のネタはみんな売り切れ~」『ええええっぇぇぇぇっっ!?』。入ったはいいけど、ほとんど何も食べれずじまい。店の人はおかまいなしで、そんなこと全然気にしないみたい。
この寺喜屋さん、元は魚屋さんで、魚の並んだ店の奥で立ち食い飲み屋みたいな具合に店を構えていたらしく、地元でも有名。土産物屋のおばあさんは、以前はよく鉢を持って晩飯のおかずを買いに行ってたらしい。
仕方ないのでこの後、にし茶屋街の北側にあたる片町商店街に向いました。この辺りは若者も多い繁華街で、金沢地酒のアンテナショップ『ZIZAKE』という日本酒ショットバーでちょっと引っ掛け、『biz cafe』というインターネットカフェで一服してから、ホテルに向いました。

【 片町商店街 】e-katamachi

翌朝、ホテルで朝食をすませると、さらに町並探索に出発。昨日は金沢市街の南西側が中心でしたので、今日は北西側です。東山茶屋街に向う途中、大通 りから4~5本入った辺りに、会社などもまばらにありますが普通の住宅にならんでポルノ映画館がありました。日曜日の朝っぱらというのに僕達が通 り過ぎる間に、おっちゃんが3人も暗闇に消えていったのは可笑しかったです。側にあった「とまれ」の信号はここのためにあるのでしょうか。
市街では、道のまん中や車線のなかに2~3Mおきに、金属の丸いプレートが並んでいるのをよく見かけます。最初はなになのか気付きませんでしたが、路面 に積もった雪を溶かす為のスプリンクラーだなと気付き、日本海側の街だと言うことを実感しました。また、物見台を街のあちこちに見かけるのは、古い町家の多い金沢では火事が多いのだろうかと想像するのですが、実際の所よく分かりません。

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東山界隈

東山付近に辿り着き、最初に見つけたお麩屋さん『宮田(MIYATA)』に入りました。麩饅頭と抹茶をいただき、店のおばさんの並々ならぬ 麩へのこだわりや麩料理レシピを聞きつつ、ここで日本海側特産の「車麩」と金沢名産の「すだれ麩」をお土産に買いました。 一度ここで、麩料理を食べてみたいという感じです。

金沢でも古い町並が保存され最も情緒のあると言うひがし茶屋街(「ひがし廓」)に着き、まずは金沢市指定文化財のひとつになっている『志摩』 に入りました。ここは江戸時代(文政3年)に建てられ、当時の造りがそのまま残っている「お茶屋」さんです。お茶屋といっても、その頃の上流町人の出入りする高級社交場ですから、北新地の会員制クラブとでも言うべきでしょうか。
琴、三弦、舞、茶の湯、俳諧などの娯楽・遊興を楽しむところですから、物入れ、押入れが無いのが特徴とも言えます。台所にしてももここで料理は作らず、出前の品を配膳するだけなので、かまどは無く、氷室や冷蔵庫だけしっかりありました。

昔のお茶屋さんを出て、今のお茶屋さんにはいる事にしました。建築家の松島健氏が「再生とは文化の接ぎ木」というテーマで町家を改修された、ギャラリーを併設している日本茶中心の喫茶店『茶房一笑』です。ここでは、一番摘みの上質な茎だけを使用しているというほうじ茶「献上加賀棒茶」を頂きました。この茶っ葉で水出しした冷茶がなかなかおいしいので、機会があればぜひお試し下さい。
食い気ばかりの話が多くて何ですが、順序が逆なような気もしつつ昼時になってしまったので、『自由軒』という洋食屋さんに入りました。人気ナンバーワンとお店が豪語する醤油ベースのオムライスを頼みましたが、これが確かにうまい。素朴な感じで、ケチャップやソースをかけずに頂きます。これまた、機会があればぜひお試し下さい、です。

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町並

そうこうしている内に、帰りの集合時間が近付いて来ました。東山から金沢駅まで小走りに戻りつつ、途中でお味噌を買ったりする余裕も見せながら、目に着いた街の風景をバシャバシャとデジカメに納めました。どことなく京都の町並に似つつも京都よりもまだまだ古い建物が多く、歴史を感じさせる街でした。2日の間、起伏のある地形を歩き回り、久しぶりに運動を兼ねた感じです。
また、今度はゆっくりと来る機会をもちたいので、その時にもう少しまともなレポートを書くことにします。今回の旅行記は、どなたかの金沢旅行ガイドに役立てば幸いですが、なんのことやら。 

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帰省

最後に、金沢旅行を前に探した、観光ガイドサイトのご紹介。ホームページも金沢らしく美的なものも多く、行く前から楽しめますよ。

【 金沢市のHP 】いいねっと金沢
【 金沢情報誌 】シティガイド金沢・加賀・能登
【 金沢地域情報WEB】KANAZAWA Walker
【 観光協会HP】金沢市観光協会

直島ツアーレポート

2001年11月2~3日

宮ノ浦

随分長いこと遠出もせず、どっか行きたいな病に悩まされていた折、アルバイトに来ていたN女史から香川県直島で催されている「スタンダード展」を薦められた。丁度、安藤忠雄氏のベネッセハウス・直島コンテンポラリーアートミュージアムも見学してみたかったので具合がいい。唐突に1泊2日の小旅行を決めた。
親父臭いが世の中便利でありがたい。インターネットで検索した地図を片手に、朝の7時頃出発、西宮から岡山へ向かう。少々道に迷ったりもしたが、無事直島に向かう宇野港フェリー乗り場に到着したのが昼過ぎ。乗船券売場で「スタンダード展」のチケットも買えるというので早速購入。気さくな売場のオジサンにオマケまでしてもらった。20分程でも久しぶりの船旅、潮風が気持ちイイ。(ホントかよ。)
あれよあれよと言う間に直島宮ノ浦港に着いてしまった。早速のお出迎えは大竹伸朗氏のネオン「島」。余りの馴染みように美術作品と気づかない。N女史の薦めに従い、予定通 り港前の「ふうちゃん」で「タコメシ」を食う。400円也。この後まずはベネッセハウスに向かい、夕方頃に見学予約をしておいた「家プロジェクト・きんざ」の整理券を貰わないといけない。一息ついた所で、島内巡りにいざ出陣。
インターネットの検索地図からガイドブックに掲載されている簡易な地図に持ち替え、嫁さんのナビゲーションで何とかなるだろうと出発した。直後、計画のずさんさが暴露する。こっちじゃない、あっちじゃないと騒いでいるうちに気がついたら島を一周していたのだった。

その後の見学先については順を追わずに紹介させてもらう事にして、お察しの通 り車で廻ると直島は思いの外小さかった。しかし見どころ充分で盛りだくさんと言うのはN女史の言葉通 りである。ベネッセが進めている島全体を使ったアートプロジェクトは確かに島を活気づけている。島の若い人を多く見かけたわけではないが、老人が皆元気なのが気持ち良い。行く先々で年寄り達の元気なおしゃべりを聞くし、我々のような部外者もニコニコした笑顔で迎え入れている様子が心地よく感じる。違和感がない。

直島文化村にある「パオ」に宿泊したいところだったが、「直島会議」と言うのが次の日に開催されるため、残念ながら満パオだった。宿は先に予約しておいた宮ノ浦の「志おや」さんにお世話になる。気さくなおかみさんがいる家庭的な民宿である。なんとなく、昔住んでいた文化住宅を思いだした。この辺りは細い露地が編み目に走る集落で、うろつくだけでもなかなか面 白い。晩飯を食べた後にぶらぶらしていたら、外灯も少なく明かりも少ない静けさの中、こうこうと光り輝く建物を発見した。ミニチュアのようなパチンコ屋だった。

直島文化村

直島コンテンポラリーアートミュージアムのあるベネッセハウスは、よくもま~ココまでやりました。という具合のアンドーワールド。安藤さんも凄いがベネッセも凄い。何処を取っても贅沢な空間。雨降りだったのが残念でしたが、こんなところでのんびり過ごせたらいいでしょうね。展示されている美術作品も見ごたえ充分、人もぽつりぽつりとしかいないから、大空間を独り占めできたような気分。空間の手法はいつものパターンと思いつつも、やはり圧倒されるのがやや悔しい。
ホテル棟はお昼過ぎのルームメーキングの間に1時間半ほど一般公開されるのでこの時間を狙って行くべし。ケーブルカーに乗ってトコトコと山の上に到着する。見晴らし最高。おかげで部屋の中もいくらか覗かせてもらえた。各部屋にも美術作品が飾ってあって、何処までも文化に浸れる。
ただ、水を張った楕円形の中庭に面する壁の水色は趣味に合わない。もっと暑い南国リゾートであれば栄えると思うが、島の雰囲気と違う気がした。

本村・三菱マテリアル

何となくリゾートっぽく話が進んだけど、直島には三菱マテリアルと吉野石膏の大きな工場がある工業地帯でもあり、一方で歴史の長い村落もある。古い屋敷と佇まいが保存状態良く残っていたことは、ベネッセがこの島で文化事業を試みた一つのきっかけにもなっているそうだ。その舞台として本村があり、この集落の中でこれもまたベネッセによる「家プロジェクト」が進められている。試行錯誤はあるようだが、小さな町並みの中で家屋の保存や美術作品の常設が、さも自然に行われていた。ある屋敷では、家人が村の歴史を熱く語ってくれたりもした。美術作品を村の人が解説してくれたりする。そうした日常を大切にしている様子が伝わってくる。

ここに載せていない写真がまだまだあるけれど、旅行前に買いそろえたデジカメが嬉しくて撮りまくった訳でなく、写 真に残して置きたいと思う風景が実際に多い。天気が良ければもっと撮っていたかもしれない。小さな島の中に多くの要素を凝縮した印象が残る。

この記録の最後は、やはりN女史に薦められた直島一うまいらしいうどん屋さんは確かにうまかった事を挙げておきたい。ギャラリーに改装されている旧卓球所の向かいコープの横にある「山本うどん店」さんである。直島に行かれた際はぜひ「釜揚げうどん」をお試しあれ。

オマケ

閑谷学校

岡山まで行くのだからと、直前に決めた行き先がココ。雨降りの上、閉館ギリギリに駆け込んだのでゆっくりは見れなかったが、ココもまた素晴らしい。背筋が凛と伸びるような空間が広がっていた。オレもこんなところで勉強したら、も少しまともなおツムになれたのかなぁ。なんて冗談が浮かばないぐらいに緊張感のある空間が連続していた。
見足りずこのまま書くのは勿体ないので、もう一度勉強し直してゆっくり覗きに来る事にする。レポートはそれまでお待ち頂きたいが、必見の一箇所であることは間違いないので、これは私からお薦めで締めくくることにしたい。