完成写真が届きました。

 完成写真の届いた「NURIKABE/XX-PLUS」をようやくアップしました。

 もちろん施主さんは既に引越して新居に住まわれています。今月初旬に手直しなところもあって訪問。気持ちよく住んでいます、の声を伺いようやく安堵しているところです。

 計画紹介ページにも書きましたが、今回の住まいでは敷地の条件もあり将来的な採光に気をつかいました。街中の住宅にはありがちですが、数年後に目の前に背の高い建物が建ってしまい、光も入ってそれまで気持ちよく過ごせていたリビングが台無し。そんな事態にならないよう設計では3Dも使いながらの検討もしています。便利な時代です。
 計画場所をGoogleマップと連動してプロットできるので、太陽の光が四季を通じてどんなふうに当たるのか?(おそらく)いい具合に検討ができます。頼りに作ったモデルにできた明暗の様子は、現場にいる間もほぼ同じように陽が当たっていました。将来想定外の事が無い限り、気持ちよさが確保できるはず。

 そのほか計画で考えた工夫など都度ご紹介できればと思います。まずは、写真家さんに撮っていただいた素敵な完成写真をご覧下さい。

検討中の3Dモデル内観(2階の窓から吹抜けの壁に光の当たる様子・秋分の正午ごろ)
検討中の3Dモデル外観(実際はここまで建物に囲まれていません。)
検討中の3Dモデル内観(朝のリビング。11月下旬の10時ごろ)

手で感じ、手で考える。

コンピュ〜タ〜に囲まれて〜。独立してからずっと設計図面はCADを使って描いている。それまで勤めの間はT定規に勾配定規を使ってせっせと図面を手描きしていた。今となると、コンピュ〜タ〜なしに設計の仕事をこなすのは心許ない状態になっている。手描きはアバウトなところも多いが、伝えたいことを伝えやすい。CADは正確に描けるが、正確ゆえに細かなことに気をとられ大切なところを見失う。そんなところにiPadが現れてちょっと様子が変わる。便利さに負けて基本の図面は相変わらずCADだけど、現場に入ると納まり図や打ち合わせ図は手描き図をスキャンしたり、直接iPadを使って手描き(風?)が増えるようになった。どことなく、自分なりにはバランスが取れている気がしている。いろんな意味で手数だけは増える時代の流れはそれなり素晴らしい。

コンピュ〜タ〜に向き不向きや好き嫌いもあって、今も手描きにこだわる設計者は案外多い。と言っても、手描きは手描きで得手不得手あるので、どちらが良いとは一概に言えない。そう分かりつつも、この仕事を始めるなら手描きからスタートするのが良いとやっぱり思っている。自分はまだまだ古いタイプなのかもしれない。そうした意図でないと思うが、建築士試験も未だ手描き。これが無くなったら、一度も鉛筆で線を引いたことがない設計者や建設従事者も現れるのだろう。

いらぬ懸念はエエ歳になった設計者の勝手な思いかと思い始めていた。がつい先日、現場の大工さんと立ち話をしていたらそうでもなかった。今の木造工事では、柱や梁の加工はほとんどがプレカットと呼ぶ機械加工による。専用のCADによって、それまで大工仕事の基本であった刻み仕事のほとんどがアレヨアレヨと寸分たがわぬ勢いで加工されていく。それはそれで見事なもの。最近は、3次元CADによって大工さんでないと出来なかった複雑な仕事も、難なくこなすようにもなってきている。若い見習いの大工さんを指して、あの子らは墨付けも刻みもやったことがないんだよね〜。大工はいなくなるよ。

和室押し入れのタテ枠を触りながら、コレ触ってみ、既製品の枠やけどちょっと膨れてるやろ。そのまま上を見上げ鴨居との突き合わせを指して、それが分からんとこうもピッタリならんのや。見事にくっついている。今の子は数字だけ追っかけて、隙間が出来てもなんでか分からんし、気にしよらん。そんなこと気にしとるからワシは手間かかるんやけどな。アハハ。

手で感じ考えないと分からない部分は、いくらコンピュ〜タ〜が良くなっても操作する人間次第。自分の手で描く図面に近づいたり離れたり離れたりする体感は、左手一つでズームイン/ズームアウトするのとは訳が違う。見た目のデザインだけなら、どちらでも良いのかもしれないが、本来必要な五感を使った仕事やデザインは手からしか生まれない。まだまだそう思い込みたいエエ歳になってきた設計者です。

広い視点と狭い視点を行ったり来たり。

昨日は快晴でしたが、これからしばらく雨が続くそうです。嫌な季節です。プレゼンのひとつが一段落ついたので、昨晩は事務所のスタッフと近所の居酒屋へ。今朝はちょっと寝坊して出勤したものの、ぼ〜っとする訳にもなかなか行かず、ぼやけた頭のまま実施計画に掛かっている図面を進めているところです。が、これがなかなかどうにも思う様にまとまらず、日々悩んでいる最中です。

間取りはほぼ決まっているのですが、真壁の木造で現しになる骨組みを見せるには、ああでもないなこうでもないなと頭の中でできあがりのイメージを想像し、図面をあっちこっちに移動して描き進めています。今描き進めているのはいわゆる伏図や軸組図と言う構造図面のようなものですが、見せ場はほとんどこれで決まるので、どちらか言えば意匠図のようなものです。なので、これらがしっくり来ないので次ぎのステップにどうも進めずにいます。建物全体と部分の詳細とほぼ同時にイメージが固まらないとなんだか気持ち悪いのです。

近い内に大工さんにも見てもらいたいし、構造設計の打合せもこれからの予定なので、恥ずかしい図面も描けない。まずは自分が思う意図を伝えられるようにしないと、曖昧なままではやっぱりバツが悪いものです。そんな訳で今はぼちぼちとイメージの基礎固めなのですが、どちらか言うと卍固になっているのかも。

順々「和」が分る様になりたい。

滋賀坂本・竹林院
滋賀坂本・竹林院

手掛ける物件にどことなく木造が多くなって来たからなおさらだけど、どことなく「和」と言うのものに興味が向いています。もちろん以前から和風の家には興味があるのですが、今自分に出来るのはせいぜい「準々・和風」ぐらいでしょうか。ええ歳になったころ、ちゃんとした「和」ができるようになりたい。「和風」でも「純和風」でもなく「和」。むろん茶室とか書院とか日本建築の体系を理解し具現できるようになる事ももちろんですが、「和」とは何ぞを体現できる何かを掴みたいと思っています。

ですが、たまに訪れる「和」の空間を見る度、余りに通り一辺倒でしかない自分を恥じるばかりです。

模型も3Dも素朴な方がいいと思う。

西宮港の河口付近
西宮港の河口付近

昨日は西宮の市内でも雪が積もりました。何年ぶりでしょうか。今日は久しぶりに夕方から模型を作りました。小さなものだけど、模型の制作はほとんどスタッフ任せだったので、本当に久しぶりで少しばかり楽しかった。

学生時代はバイト先で明けても暮れても模型を作っていた。ご指名状態で次々と頼まれ喜んでもらえるから、難易度の高い模型ほど精度に命を掛けていた?のを思い出す。材料もふんだんに使ってどんなに金の掛かった模型だったのだろうかと、思い起こすとちょっとゾっとする。バイト先ではそうして模型ばかり作っていたのだが、リアルになればなるほど飽きがきて面白みがなくなる。お陰で学校の授業ではあまり作らなかった。どちらか言えば図面やドローイングが中心になったのは、バイト先の反動だろうか。

先日3Dの事を少し書いたが今どきは、写真と見まがうほどの恐ろしくリアルなコンピュータグラフィックが仕上がる。しかもバーチャルな空間をウォークスルーでスルスルとすれば、模型の必要がなくなりそうな気配になってしまう。ゲップが出る程に見てしまえばもうリアルな建築はもうイラナイ気分になってしまいそう。

経済的な理由でうちの事務所にはそこまでのものは無いのだが、むしろその方が良い。やせ我慢かも知れないが、想像力たくましく一生懸命イメージを膨らませる方が出来上がった時に感動があると思うのです。いまのところ、そういう事にしておいてください。

すり〜で〜の先に

画像やらCADなんかのアプリケーションがとても高価でインテルマックの移行はためらうののですが、正直なところ仕事にはまるっきり差し支えない。だけど、やっぱり iPad やら超薄い macbook は魅力的でよだれが出ます。前回の続きではないが、そんな事の出費が増えていては仕事だか趣味だが分らないままナンニモ残らないのです。

真面目にコピーソフトは一切排除して、足らずの部分をフリーソフトでなんとか切り盛りしている。仕事で使う最近のお気に入りはやっぱり Google の SketchUp で、これはホント良く出来ていると思う。フリーで使う機能だけ見れば無論市販のものに遠く及ばずだけど、これだけの事がダウンロードひとつで出来てしまう3Dソフトを他に知らない。言い訳でなくバキバキの3Dをするよりもずっとイメージも湧いて楽しいから十分満足。

世の中ハイビジョンやらメガネのいらない3Dやら技術が進化することになんの異存も無いが、立体調のアイコンにさえ馴染めず、わずわざ平面調アイコンにカスタマイズしている僕にとっては、何が良いのか訳が分らんと実は思っているのです。

今日も設計の友人が SketchUp を教えてくれと電話あり。やっぱり3D行き着く先は、今のところ財布次第でしかないのだ。なんて書いておいて、来年はすっかり言う事が変わっているかも知れませんが。

バラック好きな建築家?

building

タイトルをそのまま読むと建築家は皆、バラック好きの様に思われそうですが、もちろんそう言う事はありません。バラック建築(と言うべきか?)が好きな建築家もいると言うだけです。その中に自分が含まれているかと言えば、自称すればそうかもしれません。いえ、何を隠そう実は結構バラック好きです。

バラックと言ってもいろいろあると思いますが、本当にバラックと言うよりバラックっぽいものが好きと言った方が本当かもしれません。古びた小屋だとか、レトロなアーケードだとか、市街地の増築を繰り返した住宅だとか。公然とバラックなんて呼んだら失礼なものもありますが。。。建築の法律に照らし合わせると、もしかしなくても違法?みたいなものは、実際世の中に沢山見かけるはずです。しかし、そうしたものについ惹かれる傾向があることを否めません。

しかし、僕自身を含めバラック好きな建築家にバラック建築は設計できません。バラッキーな建築作品と呼ばれそうなものはもちろんありますが、やはりそれはホンモノではありません。バラック建築の多くは、おそらく、たぶん、設計図はないのですから。もしあったとしても、時間の経過によって元々の設計図が意味を成さなく無くならないとバラック建築として成立しないと思うからです。
設計図に描かれた材料を揃えて構築されるのでは無く、その時その場で手に入る材料を工夫して使う。設計図にいくら丁寧に描かれていたとしても、機能的に使いにくいから(場合によれば、使いにくたって本人の意思により)自由に移動させられる。そんな無秩序でありながら、実は意味のあるものにならないといけないからです。設計者がいくらバラックっぽく絵に描いたとしても、法律に縛られたり、数字に縛られたり、実際の生活者や使用者の真の要求に応えられる訳がありません。またそれは、個人とは限らないこともあります。
理屈をいくら浮かべても、 そもそも設計士として活動する人間が、秩序は無く意味のあるものを理解できると思えないのです。法律やら工学やらを仮にも勉強している人間が、それらを無視もしくは否定しながらものを作るのはきっと苦痛です。ちょっと整理が苦手なことと、無秩序であることは、まったく次元の違う話だと思うからです。

だから憧れるのかもしれません。人が生活するなかで発生する生きた建築の要素こそが、僕が憧れるところだからです。本質として人の泥臭い部分かもしれませんが。
街を歩いればときどき釘付けになる古い建物があります。なぜか凄みのある、そんなものが作れる筈は無いと知りながら、やはり憧れています。 

しかし、そうした建物や施設はつぎつぎ取り壊され無くなって行きます。レトロ趣味なだけかもしれませんが、見過ごされるそうした遺産を少しでも記録しておきたいなと、最近よくそんな思いで眺めています。

擁壁の上?崖の下?

SHIKICHI

土地探しをしている施主さんから、ウラの擁壁が気になるのだけど安全でしょうか?と質問される事が今までよくありました。街中の平坦な土地を探しても、意外に擁壁の絡む土地は多いものです。先日の記事()でも、奥の方に古めかしい石積みの擁壁が見られました。こうした擁壁は結構厄介なものです。

宅地造成の法律では「敷地の安全」が名目にあるだけで、これは「建物の安全」を意味するものではありません。この微妙なニュアンスはなんだかいやな感じです。その時代において標準的な建物の荷重を考慮して基準は設定されていますが、真新しいコンクリートの擁壁で囲まれているからそのまま家を載せても安全ですとは、詳細な設計を進めてからで無いと本当のところ分かりません。また、目的の土地が擁壁の上なのか、擁壁の下なのかで考慮すべき内容も変わってきます。

擁壁上の土地の場合。

現行の基準では、擁壁上の土地には上載荷重を最低10KN/m2 以上とされていますが、これは1m2 あたりにおよそ1tの重さを載せれると言う意味で、木造2階建ての重さをおおよそ想定した目安になっています。では建物の重さは?というと。

構造 自重+積載荷重
木造2階建 600kg/m2
木造3階建 900kg/m2
鉄骨2階建 750kg/m2
RC造2階建 3,200kg/m2

この表は概ねのイメージですが、3階建てだと結構一杯ですね。しかもこの重さはしっかり厚みのあるベタ基礎などで平均的に重さがかかった場合です。そう聞くだけでも、なんとなく余裕の無い話だと思えてしまいます。なので、擁壁に近づく程建物の安全は損なわれると考えるのが妥当です。

少し郊外の切り開かれた開発地に行くと、見晴らしは良いのでしょうが、3階分ぐらいあるだろう高い擁壁の上に家が軒を連ねている事があります。同業者の仕事を疑う訳ではありませんがやっぱり怖い感じがします。 昔の石積の擁壁ならなおさらです。古い宅地の擁壁だと5KN/m2 以上という基準の時期もあります。単純に平屋が目安であり、まだ郊外では2階建てが少ない時代の基準だったわけです。その時は、まだまだゆったり建てれるイメージがあったのでしょうね。

擁壁下の土地の場合。

擁壁や崖が背中にあると崩れはしないのか心配になるものです。ところで建築の基準では、崖の高さと同じだけ逃げなさい。とあります。しかしそんなに離れたのでは、建てれる土地が無くなってしまいますね。しかし、もしコンクリートの裏ごめもない昔の石積みの擁壁があれば、同じことが言えます。

もし基準を満たした擁壁を背中にしていても、その擁壁の上に建物があるなら要注意。上の建物が杭など何の配慮も無しに建っているとすれば、その擁壁に建物の重さが掛かって微妙なバランスで成り立っているかもしれません。しっかり考慮されているのが確証が無ければ避けるのが懸命です。

ところで崖や擁壁は上から崩れると思われがちですが、実際には重さを抱えてスプーンですくう様に土が滑ると考えます。山間部の道路の崖崩れなどの写真を見ると、丸く削り取られたような事になっているのが分かる筈です。擁壁の上端あたりを中心に上の土地から下の土地まで根こそぎゴソっとすくい取るように滑る可能性があるのです。崖の高さと同じだけ逃げなさい。と言うのは話はそうした現象から考慮した話なのですね。
崖は上から崩れるとばかり思っていたところ構造設計の方にその話を教えてもらい、崖って怖いな〜と上ばかり見上げていると足下をすくわれるのだと知りました。

安全な土地とは?

setting

盆休み前、今日は暑い中、遣り方(建物の配置決め)に付き合った。

掘削が済んだこの土地には、建売住宅が建つ予定。事務所ビルのリフォームをさせていただいたいなほ不動産(Inaho)が進めているプロジェクトです。実は庄司洋建築設計事務所初めての建売住宅。縁があってのお仕事ですが、やり始めてみると実は結構勉強になると感じている。そんな訳で、時たま進行状況はレポートして行こうと思っています。

そもそもこの計画に参加しようとしたのは、案内されたこの敷地がちょっと変わっていたからで、敷地は接道する道路面から擁壁をはさんで3Mほど下にあり、建売するには採算があまりよろしく無い。普通なら建売屋さんが見向きはしないだろう土地だったのです。どうも悪い癖かも知れませんが、面白そうな土地を見せられると、何となくやりたくなって来る。眺望がいいから捨てがたいけど、止めた方がいいですかね。それともなんとか出来ます?なんて、不動産屋の社長のうまい誘導とは分かっていても、やれますよ。面白そうじゃないですか〜。なんて、安易に応えてしまった。こういうちょっと癖のある土地は申請ごとが結構面倒になりがちだ。案の定、その後は走り回るハメになったのだったが、なんとかこうして着工の準備が始まった訳です。(その辺のいきさつもまた後々)

ところで写真で見受けられるように、奥には少し古そうな擁壁に頼り無さげな青い柱。お隣とは言え、ちょっと気になります。心配だからどけて、とも言えない。この付近は古い開発地で、いわゆる宅地造成の法律が出来るか出来ないかの境目あたりの時期に住宅地として切り開かれた環境です。で、結局法律以前の現行基準に照らすと怪しい擁壁が付近のアチラコチラにあるのが分かります。急な斜面なりに見晴らしの良い環境は得られるのですが、地震や構造に過敏なこの時勢では躊躇しそうな宅地が(大きな声では言えませんが)ある訳です。幸いこの敷地は若干手を入れれば、まだ安全な土地と判断できそうでした。

しかし安全な土地?とは何でしょう?その判断は、実はかなり曖昧なものだと思います。建物は人の手によって作られますから、噛み砕いてみれば、怪しいものは怪しい。これは大丈夫とほぼ正確な判断ができますが、自然の神様が作った土地はなかなかそうはいきません。造成された開発地の平らな土地なら安全?とも言い切れないことがあります。地盤調査をしてみたらユルユルスルスル。それを間近で見た経験からすれば100%安全な土地などあり得ない。と思うのが、正直な印象です。

今回の土地の地盤調査の結果は、・・・微妙なところがありました。地盤調査の会社の判断資料も、どことなく明言を避けた言い回し。いやな感じです。少しでも経費を下げたい不動産屋の会社の意図も若い監督の言葉から見え隠れする。しかし、地盤改良するのに50万程度かなとも判断できる。それだけで自分の家だったら嫌でしょ?と、話をして今日は終わりになりました。暑いから。