半年間の非常勤講師を終えました

友人からの誘いで半年間、京都の美術大学で非常勤講師をやらせていただいた。今日は受持ち授業の最終日で、週一度通った通学路?にしばらく来なくなる。幾度と誘いに仕事の兼ね合いを理由でずっと断っていたのだが、一昨年とうとう折れ、去年の後半から一年生相手に授業をしていた。

教えていた内容は建築の専門課程でなく、デザイン学科の基礎演習みたいなもの。相手のフレッシュさんもデザイン学科全体の混合チームである。友人が統率する授業の補助役みたいなもので、実のところ気楽な感じでこの半年間過ごした。ただ週の一日を取られるので常勤の先生には申し訳ないが、この非常勤講師の日が自分にとっては「若者と触れ合う」どちらか言えば休みのようなものになってしまった。それもしばらくお休みとなる。

今時の学生は、と爺くさいことを言えば、2〜3割はコンピューター持ち込み。見かけたのはすべてMac。そして全員近くイヤホンをして、音楽を聴きながら制作をしている。黙認していたが、今思うとやはりどうかと思うところもある。3〜4年生になり、専門課程の制作をコツコツやる頃になると、自分たちの時代でもそんなものだったが、1年生時分はもうすこし初々しかったのではと、振り返ってしまう。

帰ってきてたまたま読んだ香山リカ氏の文面に、今の学生は問題に対し、悩みを抱え、それを分析し解決に至るメカニズムを求めて対処をせず、どこかにある「処方箋」に頼ると言うようなことが書かれていた。どこかとは書籍であったり、ネットであったり。処方箋を提示しない先生は、結局のところ見切られていたのかも知れない。問題提議で終わっただけではハッピーエンドにならないのだ。

そんなことを感じつつ、ともかく半年が終わりました。かと言って、嫌な気は全くありません。むしろ良い機会であったことに間違いありません。学生ともう少し深く付き合う姿勢をもっておいた方が、自分にとっても身になったのだろうなと少しだけ反省。また今年の秋からお世話になるはずなので、そのところ次は生かしたいと思っています。

ジュリー

昨日、京都の美術大学で教えている建築家の友人に誘われて、
進級制作・卒業制作の講評会に参加しました。
建築の世界ではこうした講評会の事をジュリー( 陪審)と呼んでいます。
僕を含めて関西で活動している建築家4人と
ディスプレーの世界で活躍されている女性デザイナー1人とで、
友人が教えるゼミ生10人の作品を、おおよそ4時間掛けてアレコレ講評した訳ですから、
かなり贅沢なジュリーだったと思います。
学生に好きな事を言いながら、自分も学生時代にジュリーの場で、
著名な建築家の前に立ちながら作品を説明していた事を思いだしました。
自分の言いたい事を言えず、口惜しい思いをしたことも幾度もありました。
その頃、大概の建築家先生方の口は相当悪く、中には泣き出してしまう女の子もいます。
あまりの緊張に失神してしまった学生がいた話もあります。
なにしろ、学年最後、学校最後の試練?もしくは晴れ舞台になりますから、
緊張感溢れていました。
あまりにエキサイトして先生同士でケンカ腰の議論になってしまう事もありました。
そんなプレゼンテーションの場に立って、また経験して、
巣立って行くのが建築学科の決まりです。
その緊張感を忘れずに、日々の仕事に向かわないといけないと、
改めて感じた一日でした。