Koolhaas Houselife

www.bekafilms.it

これはちょっと感動したのでご紹介。
レム・クールハースというオランダの建築家の住宅です。
雑誌の写真でしか見た事が無かったのですが、このビデオ見てひっくり返りました。
いや〜いいです。う〜ん、かっこいい。の一言。
こんな住宅設計してみたいです。クールハウスです。
シャレじゃなくホントにそう思った。

こちらに映像2点を載せたサイトあります。
> noticias arquitectura / blog: Koolhaas Houselife

学生時代その後もクールハースの作品は、本でよく見返しました。未だ新鮮です。
続きにクールハースさんの初期住宅「VILLA DALL’AVA」の映像2点を載せておきました。
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年の瀬に:石井修

昼頃、事務所の扉がガラっと鳴ったと思えば工務店の社長さんだった。
年末の挨拶ということで、カレンダー片手に突然の来訪。もちろんアポ無し。
久しぶりにお会いしたのでしばらく話をした。
工事をお願いした物件の話は花が咲く。
担当した監督さんや棟梁、大工さん、業者さんの工事中には聞けなかった身内の話。
そしてついつい、他に関わりを持たれている建築家さんの話。
そんな中で、社長の口から必ず出てくるのは故・石井修先生の話。
この工務店さんが石井先生の仕事を請け負う様になったのは、15年程前からの事だそうだ。
石井先生がすでに70を手前にした頃になる。
先生が大手建設会社を退職して設計事務所を開いた時には、すでに40を過ぎている。
西宮市目神山には石井先生の一連の名作が多く所在しているが、
自然と対峙、共存するかのようなシャープな印象を受ける初期の作品は、
すべて40を過ぎてからの仕事と言う事になる。遅咲きの建築家なのだ。
竹原義二先生が20代後半で石井先生の弟子になったのもその頃。
そして、石井先生は85まで仕事をされていた。
その年齢になっても、いや、なったからこそ、がむしゃらに建築と向き合っていたに違いない。
そう考えると、40を過ぎてしまった今の自分が、なんとガキンチョな事か。
まだ40年以上ある。話を聞いている内、少し恥ずかしくなった。
もうひとつ。
石井先生の仕事は、木、鉄、コンクリート、、、素材を出来るだけ自然な状態で使う事が多い。
おのずと新建材や工業製品を材料として使う事が少ない。
だからなのか、メンテナンスが実に少ないのだそうだ。
材料が古びても、それが味わいとなって住まいに同化し、交換する必要が無い。
石井先生と懇意になっていた方が、目神山の裾に工務店を始めたが、
メンテナンスではほとんど儲けにならなかった、と社長さんはその方から聞いたそうだ。
100年、200年住宅とは本来そう言うものでは?そこに、キーがあるのでは?
そんな話をしながら、2度恥ずかしくなった。
こうした石井先生のエピソ−ドは、社長さんの口から止まる事が無い。
最後に、そんな建築家は他に知らない。のだそうだ。
むろん予算あっての建築普請だが、それを口にしては罰が当たる。
本当は何がやりたいのか、もう一度考え直したくなった。
年の瀬に良い話を聞けたと思う。

キリンプラザ:高松伸

KIRIN PLAZA OSAKA

キリンプラザがこの10月末に閉館になる事を思い出し、
近いうち心斎橋まで行く機会があると思えないので、昨日、慌てて見に行った。
閉館の後にどうなるのかよく知らないが、建て変わってしまうのだろうか。
正直に残念でならない。
キリンプラザが建ったのは、建築を志すほんの少し前。
大学で建築を学びはじめた時分、恥ずかしくも、知っている建築家は、
安藤忠雄、丹下健三、黒川紀章、そして高松伸。ぐらい。(情けない話。。。)
その中でも自分にとって、高松伸はスター的存在だった。
ドローイングの圧倒的な迫力は、今も尚、他を寄せ付けない気がする。
キリンプラザはともかく、カッコ良かった。ただただ、それだけ。
しかし、それが一番。
その後いろんな建築家を知って、さらに感化された建築もあれば建築家もいるが、
リアルに建築のスゴさを意識して感じたのは、キリンプラザが始めてだっただけに、
閉館になる事は、本当に惜しい。
ドローイングのような湿っぽさは無く、カラリと晴れた空と色めく雑踏に乾いた空虚感が漂う。
今の時代には再びはあり得ない(だろう)存在がまたひとつ消える。

カキノイエ:渋柿狩り