算数の苦手な方におススメかも

1973?

それは、自分の事かもしれません。。。

今日、ディスカウントショップでインスタントコーヒーの詰め替えパックを買おうと思ったら、ブレンディのパックがいくつか並んでいました。200グラムの詰め替えパックが650円弱、250グラムの詰め替えパックが700円強。どっちが安い?よく見ればその横に、200グラムの瓶詰めと150グラムの詰め替えパックのセットが900円弱で鎮座しているのを見つけ、店内の蛍光灯ではおつむの太陽電池の働きが悪いか頭の中で電卓を叩くも答えを出すのにしばらく動きが止まってしまった。すでにはっきりした数字を失念しているぐらいだから、如何に数字に弱いかが分かる。。。

建築設計なんぞやっていても、数字に弱いのは直らないのかも知れない。数学自体が苦手ではなかったけど、ともかく計算が弱い。謎解きは嫌いでないのだが、単純な計算でいつも失敗する。ソロバン塾でも暗算が大の苦手だった。そんな僕の様な人間のためにあるすばらしいカシオ計算機のサイトを見つけてしまった。

高精度計算サイト(CASIO)

いくつか眺めてみるとこんなに楽しい計算ができるでないかい。ちょっとご紹介。

何枚撮れば全員瞬きなしの集合写真が得られる?

宇宙人がいる星がどれくらいあるか?(ドレイク方程式)

タバコを吸って何歳まで生きられるか?

数字に弱くてもこれなら楽しめそうです。

「よーし、ぼくはがんばるぞ」演劇のご案内

群青亜鉛のサイトへ

しばらく前に、ヨメさんの手伝いで演劇のチラシのデザインを手伝わせてもらいました。公演間近に迫って、今頃宣伝では遅いのですが、折角なのでご紹介。

数年前から年1回程の公演のチラシをやチケットの手伝いを続けています。社会派と言うべきなのでしょうか。昔の事件と現代の世相が混沌とから見合う様な、そんな印象のお芝居です。幾度か公演を拝見していますが、その度に何か考えさせられるものがあります。

今回の公演は11月7日から、ご興味ある方は是非ご覧になって見て下さい。

追記:20081110

先にチラシの制作をお手伝いさせていただいたお芝居 焚火の事務所  公演「よーし、ぼくはがんばるぞ」を先週末に観てきました。

小学校近くになるマンションの一室に住む、すこし複雑な家庭事情を背景に既に両親を亡くした成人姉弟たちの物語。家族の関係や兄妹の関係に微妙な軋みをそれぞれが感じながら、生きる事にもそれぞれが苦悩を背負っています。ちょっとした事でもイザコザ。少々暗い家族(姉弟)の様子を描きながら話は一体どうなるのかと思いきや、思い詰めた弟の取った行動が、近隣周辺を巻き込む思わぬ事件に展開していきます。やってしまったその事で、姉弟たちは自分たち家族の絆を見直さざるを得なくなって行くというお話でした。

暗い雰囲気に見始めてどうなって行くのだろうかと、正直不安になりそう感じでしたが、話が進むにつれ予想の出来ない事件が起こり、盛りあがりと言うよりもなだらかな緊張感に包まれて行きました。むずかしいテーマだと思うのですが、もしかすると自分の身にも起こるかもしれない、と感じさせ考えさせられました。

再演を見つけられたら、是非ご覧下さい。

枚方宿(ひらかたしゅく)

くらわんか船
くらわんか船

小学生の頃の一時期、「東海道中膝栗毛」が愛読書のひとつでした。毎週、読書の時間があったのですが、図書館に行く度この本しか手に取らなかったのです。その割にすっかりお話は忘れていますが、弥次さん北さんの繰り広げる顛末が気になって仕方がなかったのだと思います。

先日のすまいをトークで、はじめてその東海道が「五十三次」ではなく「五十七次」である事を知りました。太陽系の星がひとつ増えたような驚きですが、表題の「枚方宿」は五十六次。江戸から京都を目指すと五十三次になり、その先大阪まで目指すと間に四つの宿場町があり五十七次となるのだそうです。今回はこの枚方宿の町並みを見学。

宿場町であった街道沿い約1.5キロ程の地区が町並み保存として整備されています。また、この枚方宿を紹介する中心的施設として、当時の様子を残し文化財に指定されている旅館・鍵屋があります。
鍵屋は淀川沿いに位置し船待ちの宿として栄えました。枚方・高槻は淀川の往来を拠点に、名物「くらわんか船」が産まれました。京都と大阪を結ぶ三十石船に近づき「飯くらわんか、酒くらわんか、銭がないからようくらわんか」と口の悪さが風物詩となり、商魂逞しく乗客を引き止め繁昌していったそうです。地理的に見ても中継地点として抜群な立地であった訳です。鍵屋資料館ではそんな様子を、模型や映像を使って詳細に紹介されています。その他周辺にも当時をしのばせる建物や民家が多く見られます。

半日で見て回るには駆け足気味な見学会でしたが、もし当時に生きていたとすれば「くらわんか船」の様子は見てみたかったものです。帰りは京阪電車で本日開通の中之島線に乗り中之島駅を通って帰りました。この線の開通でまた大阪の町並みが変わるのでしょうね。今も昔も交通を拠点に街が形成される事は同じです。新しい名物がまた産まれるかもしれません。

 

鋼管杭地業

steel pipe pile

お盆の頃に地盤補強のことで記事にした建売住宅の現場が、ほぼふた月止まっていました。と言うのも、当初柱状改良と言う工法を検討していたのですが、進入箇所の擁壁が阻み機械が現場に搬入出来ない事が判明。さてどうする?と言う事になってしまったのです。こちらも始めに出来ると言われていたので安心していたのですが、いざはじめようとした段になり、業者との打合せの行き違いか不可能と言う事になり、それから代替の方法を探しはじめたのです。そのため、随分時間だけが経ってしまいました。

スウェーデン式サウンディング試験の結果だけを見れば、2階建ての木造住宅を建てる地耐力は表層付近では確保できる結果があったので、そのままそっと建てる選択もなくはありません。しかし、表層を越えたしばらくは地耐力のあまりない緩い地層があることも分かっています。工務店さんは事業者でもあり、不安を抱えたまま工事を進めるわけにも行かず、担当の方は散々探しまわって鋼管杭を打設できる業者を見つけ出しました。そして、ようやく工事の再開にこぎつけた訳です。

ところで、柱状改良は摩擦杭と分類されるもので、この鋼管杭は支持杭と分類されます。前者の摩擦杭は地層に食らいつきながら建物を支えるイメージで、後者の支持杭は建物を十分支える地層まで柱を伸ばすイメージの工法になります。この鋼管杭の打設を見るのは初めて。先端にフィンのような羽がついた直径15センチ程の鋼管をねじ込みながら沈めて行きます。今回の現場は山腹の土地であるため、山上側と山下側で支持出来る深さが違います。地盤調査からのイメージでは山上で2M、山下で5Mの予定でしたが、現場では支持が出来るまで進めるため結果、山上で2M、山下で7M程になった様です。水平距離で6Mの間でこれだけ深さが違うのですから、支持地盤は随分急な様子なのでしょうね。

現場の担当の方は全長長さで清算される今回の工事の成り行きに、ソロバン勘定が気になっていたようですが、これで安心感は随分違います。工事をされている杭業者の作業員の方は、ちょっと変わった敷地にどんな建物が建つのか興味津々の様子でした。

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サンケイホールブリーゼ

SANKEI HALL BREEZE

先日、親父から「バックヤード見学会」を誘われたので、西梅田に新しく建て変わった「サンケイホールブリーゼ」を覗いてきました。ドイツの建築家クリストフ・インゲンホーフェンという方がビルの基本デザインを手掛けています。

普段は見る事の出来ない楽屋裏や奈落を1時間程掛けて案内してもらいます。900人ほど入る中規模の客席で大まかな説明を受け、まずはステージに上がらせてもらいました。ちょっとした余興付きで、15人程の見学グループが舞台上に一列に立たされ、緞帳の幕開けから見学はスタート。幕が開けて、スポットライトが当たり一般の見学客の皆さんが拍手をしてくれたりして、ひと時人気俳優にでもなった気分。ちょっと恥ずかしい感じですが、楽しい体験です。
舞台上の装置の説明の後、楽屋裏に行って、主役の役者さんが入る楽屋、大部屋、奈落の下の様子。音響や照明のブース内など、丁寧な説明を受けながら一巡してきました。思った以上にゆったりとしていた印象ですが、使い始めればそれでもきっと狭いのでしょうね。ホールのインテリアは黒を基調に、装飾のないシンプルな感じです。機材を隠さず大きなスタジオ風な印象でしょうか。対して楽屋裏は真っ白でした。撮影はご遠慮願います。とのことで、写真のご紹介できないのがちょっと残念。

奈落の底の倉庫には、グランドピアノが2台置いてありました。今回の新ホールの為、調律に1000万掛けてアメリカに渡ったのだそう。ジャズピアニストのキース・ジャレットに持って帰りたいと言わせた世界で数台の名器だそうです。

舞台の緞帳は、朝倉摂デザイン。舞台に立って緞帳が降りて来たとき、緞帳の真ん中に「火の用心」の大きなワッペン。よく見ると少し右に傾いています。右肩上がりに火の手が上がらない「おまじない」だそう? 緞帳の裏には必ずあるのだそうですが、最新の設備がある中にこんな風習が残っているのがちょっと面白い感じでした。

SANKEI HALL BREEZESANKEI HALL BREEZESANKEI HALL BREEZESANKEI HALL BREEZE

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箕面観光ホテル

HOTEL MINO OSAKA

「みの〜おんせん、スパ〜〜ガ〜デン!」と関西ローカルなコマーシャルソングが耳について離れない人は、関西地区の同年代の方なら大勢いる筈。

子供の頃さんざん聞かされたのだけど、このスパーガーデンに行った事が実は無かった。とは言え箕面には紅葉狩りに数回は行っているのだけど、こんなどでかい施設が山の中にあるとはつゆ知らず、想像さえもしていなかったのです。たまたま、今進めている現場の近く。今になって山の上にそそり立つホテルの存在に気がつき。一回覗いてみようと思っていた。そんな矢先、この箕面観光ホテルが建築家・坂倉準三の作品だと言う事を知り、現場帰りに早速行ってみたのです。坂倉氏は既に亡くなられていますが、東京帝国大学を出てフランスに渡り、ル・コルビジェの元で修行し日本に戻ってからは日本のモダニズム建築を牽引する建築家の一人として活躍されました。そんな訳で見に行かない訳にはいかなくなりました。

近づいてみると、ひえ〜。久しぶりに圧倒する「大」建築に興奮しました。うわ、スゴ、ナニコレ?と、想像を遥かに越えたスケールにビックリ。古い何処かの市庁舎にも似た外観は、柱梁を強調し日本のイメージを表現した当時のモダニズムの流れでしょうか。山間から見る様子は、京都清水寺を思わせるような気がします。展望エレベータもスゴい。阪急百貨店メンズ館(ナビオ阪急)のシースルーエレベーターなんか目じゃないって感じです。

これは一度、温泉浸かりにお泊まりに来ないといけませんね。

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