Google ストリートビュー

既にご覧になった方も多いのではないかと思いますが、Googleマップのストリートビューが日本でも開始されました。限定された地域だろうと思いながら、今日初めて見てみると、予想以上に広範囲だったことに正直ビックリ。いつの間に。。。

仕事で使いなれた明石大橋がピックアップされていたので、まず。ちょっと曇り空だな〜と思いながら、それでもグリグリと橋を眺め回せることに素直に感動。サービスエリアにある観覧車に近づけなかったのが残念。普通では出来ない道路の逆走もなんのその。しばらく遊んでしまいました。

それなら、事務所の近くは?と見てみると西宮近郊も結構しっかりとある。だとすると自宅は?そのまま何気なく見続けていると、おや、自宅近くの見慣れた風景に見慣れた人物らしき影。プライバシーの問題などで米国でもすでに論議はあり、今回の日本の風景では人物にはボカシが掛かっていると新聞には出ていたが。。。こりゃオレじゃん!うわ〜、ちゃんと分かるじゃん。もうちっとエエ恰好しておくんだった。と冗談言ってる場合か?そのまま自宅に近づいてみると。あら、またいた。見つけた限りおおかた3カットの画像にしっかりと写っていました。ハーフコートを着た服装やご近所の様子から見る限り、おそらく今年始めのころに撮影されたのではないだろうか。朝の9〜10時頃だろうか。えらいタイミングに出くわしたものだけど、グーグル撮影隊にまったく気がつかなかった。不覚。

さすがに自分が写っているのには驚きました。見られて困る写真ではありませんが、なんとも微妙な気分ですね。どこまでが情報として許されるものなのか?その線引きは難しいものがありますが、公と私の区別は、個人情報の保護といった建前とは裏腹に実態は曖昧なものになっていく気がします。もしかしたら、思いもかけぬ別な場所で無防備なまま第四、第五の自分の姿が写っているかもしれない。しかしその事自体よりもこれは、些細なことなのか大変なことなのか分からなくなりそうな事が一番怖いことかもしれん、と感じます。

造形とデザイン

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先日、友人と話をしている中で「造形」と「デザイン」の違いを、彼が意識している程に自分自身は意識していない事を感じた。(雑誌等で見られる)最近の建物は、デザインは良いけど造形が無い。時代が過ぎてこの世に作者が死んでいなくなっても残るような建築の気がしない。と彼は言うのだ。
デザインは表層的なもので、装飾や仕上は時間が立てば古びるしやり替えもある。すると魅力が無くなるかもしれない、それは質そのものが廃れるというもの。造形はもっと根源的なもので、表面的なものが何であれ古びようが朽ちようが、それは変わらない質を保つというもの。時代の流れがあってこそ存在するのがデザインで、時間とは無縁に存在するものが造形と捉えて良いのだろうか。時代を超えて愛され残る数あるデザインは、造形そのものに良さがあるからこそとも確かに思える。
その場での彼の話の趣旨を乱暴に解釈すれば、最近のもてはやされ目移りする建物の多くは造形もないのにデザインでごまかしているに過ぎないと、嘆いているように感じた。
さて、建築における造形とデザインとは実は一体なんだろう。それを深く考えだすと、混乱迷走しそうな気がする。自然、環境、土地、時間、光、量塊、量感、空間、間、広がり、高さ、開口、窓、、、、哲学、歴史、、、家族、個人。それぞれの捉え方、考え方、組み合わせ方のなかで、建築は一体のものとなり建物として姿を現す。
どことなく間違った解釈をしそうなのが、量感や間など空間を造形と捉え、内部や外部の仕上をデザインと捉える事。大きな吹き抜けをリビングに配したとても気持ちよい空間です。とチラシの宣伝文句になる建売住宅があったとしても、それが造形の良さに繋がるかと言えばまずそうでは無い。その設計者は造形というより、単に売りのデザインとして吹き抜けのある間取りを考えていただけかもしれない。本来は造形として捉えるべきところも、表層的なデザインのアイテムでしか無くなってしまっている。いや、デザインと言ってもいけないかも知れない。
自分自身はどうかと問われると、デザインよりも造形のしっかりしたものがやりたいと思う。ただ、その造形とデザインの違いがまだまだ曖昧なのも本音。タマゴが先かニワトリが先か、に似ている話だが、まだまだヒヨッコにはじっくり考えないと解答はでないかもしれません。

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電気屋さんの転身

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今朝、以前にウチの物件の電気工事をやって頂いた電気屋さんから電話。◯◯保険の△△です。?。いえ、以前お世話になった▽▽電気の△△です。え?
なんと、電気屋さんが保険屋さんになっていた。気の良い方で、工事以後も電気関連で分からない事を質問させてもらったり、別の施主さんのブログにも書き込みをされるような、ちょっと面白い方だったのですが、ええ?って驚きです。ウチの工事を担当される前はマンション関係の電気工事が多かったらしく、個人住宅を初めてされたのがウチの物件だったそう。それまでの仕事に比べると、かなり印象深く面白かったのか、工事以後も個人的に遊びにも来られたり、なにか面白い仕事させて下さいよ〜と話をしていたのは、もう随分と前の事でした。
その電気屋さん(保険屋さん)が昼過ぎ事務所にやって来られ、しばらく世間話など。個人の考えと会社の方針の食い違いで退職した事や、その後ネットで稼げるようになった事。そして保険に興味を持つきっかけから、転身したまでの経緯などを話していただいたのですが、いやいや、やっぱりビックリ。工事をやってもらっていた時分から話好きな印象がありましたから、なんだか違和感も無くて、それもまた不思議。
その電気屋さんは歳もほとんど変わらないだけに、思いもかけぬ転身振りに感心してしまいました。これに失敗したら後がない覚悟での転身。(そりゃそうだ。)なのに特に営業らしい営業もされずに帰られました。そのさわやかさについ引込まれそうです。(笑)

 

コガネムシにはとかく多くの誤解がつきまとっている。まず野口雨情の「コガネムシは金持ちだ」という歌は、彼の部屋を走り回っていたゴキブリ(旧名:黄金虫、アブラムシ)がモデルになっていて、ここで紹介するコガネムシとはなんの関係もない。

「身近なムシの新常識026」誤解されたコガネムシ (サイエンス・アイ新書Web).

形が変わるビル | ROTATING TOWER

ご存知の方も多いと思いますが、アラブの小さな国ドバイはとてつもない建築ラッシュで、とんでもない建築群が建ち並んでいます。しばらく前にもNHKスペシャルでもやっましたね。う〜ん、全く世界が違う。
現在進行中のプロジェクトの中で、ひときわ目を引くのが、この形が変わるビル。 

DYNAMIC ARCHITECTURE | ROTATING TOWER

形が変わるビルは実現可能か | WIRED VISION.

なんでしょうね。これって。もはや建築なのかどうなのか。それさえ正直分からなくなります。動く建築は、屋台も含めて昔からいろいろな人が考えていました。そこには魅力が感じられたのですが、このプロジェクトの記事を見てもなんだかワクワクしません。スゴい事は一目瞭然でしょうが、ロマンが無いですよね。(僕だけ?)