雨上がりの虹

夙川の川縁はお花見の屋台が並んでいます。
そろそろかな、そろそろかな、と様子を伺っているこの頃ですが、
今年はなんとなくタイミングが計りにくいですね。
今日は雨上がりのせいか、肌寒い。
事務所近くで古家リフォームの相談があり、夕方に現地の中を見せて頂きました。
山手で眼下に西宮の街が広がり、申し分ないロケーションの良い場所です。
しかも庭先に、おおきな桜の木があります。うらやましい。
その2階の窓ガラスに、以前の住んでいた家族の、おそらく子供らが貼ったのだろう魚のシール跡がくっきりと残っています。
雨上がりの虹が二重になって浮かび上がり、西宮の空を泳いでいました。

Koolhaas Houselife

www.bekafilms.it

これはちょっと感動したのでご紹介。
レム・クールハースというオランダの建築家の住宅です。
雑誌の写真でしか見た事が無かったのですが、このビデオ見てひっくり返りました。
いや〜いいです。う〜ん、かっこいい。の一言。
こんな住宅設計してみたいです。クールハウスです。
シャレじゃなくホントにそう思った。

こちらに映像2点を載せたサイトあります。
> noticias arquitectura / blog: Koolhaas Houselife

学生時代その後もクールハースの作品は、本でよく見返しました。未だ新鮮です。
続きにクールハースさんの初期住宅「VILLA DALL’AVA」の映像2点を載せておきました。
>  続きを読む

大阪府庁

先週、先々週と丁度お昼時の大阪府庁に2度程行く機会があり、
折角?なので2度とも府庁内の食堂へ行きました。
いや〜なかなか良いです。安くてボリュームがある。
初めはC定食。鳥のカツ玉にみそ汁とご飯。漬物。450円。
次には麺定食。かきあげソバにかやくご飯。漬物。350円。
どちらも充分お腹が膨れました。味もソコソコ悪くない。
近くにあれば良いのにと思ってしまった。府の職員がウラヤマしい。
安いから、高校生なんかも来ていたり。

飯を食った後は、庁舎内をウロウロと。
1926年に竣工したそうです。>wikipedia|大阪府庁舎
古いビルって趣があって良いですね。
現代的なビルに入ると、外は違っても中はおんなじ。
当時は当時で、みな同じ様に見えていたのかもしれませんが、
壁や天井や梁や柱の色艶が、時間の流れを感じさせてくれます。
今のビルが古くなった時にこうした色艶が出てくる、とはなかなか思えませんよね。
なぜでしょう?
大阪駅ビルの地下を歩いていてもサブい感じです。
府庁の中を夜中に歩く想像をすると何やら白いものが出てきそうですが、
駅ビルだと何やら事件に巻き込まれそうな寒気がしそうです。
くだらない比較はともかく、
間仕切り壁にもスチールのサッシがはまり、もやもやした吹きガラスがはまっていました。
それがまた良い感じでした。

ピーカンサイトにいくつか完成物件をアップしました。
お昼休みにでもご覧下さい。

サイトアップデート

屋上緑化と地下室のあるRC造住宅をアップしました。
subako
3階建てビルのリノベーションをアップしました。
inaho
映像制作スタジオのリノベーションをアップしました。
STUDIO*S
木造平屋賃貸住宅のリノベーションをアップしました。
Takadono 6

セミナー「大工棟梁の技と古典建築学」

竹中大工道具館
竹中大工道具館

神戸元町北にある竹中大工道具館の主催するセミナーに行ってきました。興味の湧くセミナーがあれば行く様にしていますが、実はかなり、久しぶり。。。

今回は、「大工棟梁の技と古典建築学」。名工大の先生の講義でした。大工棟梁や日本の建築がどのように後世に伝えられて来たのか。自分が知っていた以上に昔から学問的な体系があったのだと知りました。

師匠から弟子への口伝、見て盗め的な世界が近代まで続いていたのだと勝手に思っていましたが、体系的な(教科書的な)建築技術の文書での伝承は室町末ごろからスタートしているようです。いわゆる秘伝書みたいなところから始まっているようですが、面白かったのは、それが弟子育成のための教科書というよりも、営業目的のポートフォリオみたいな存在にも変遷していくという話です。
もちろん始めは、自分の会得した技術のメモ書きみたいな物から始まっていますが、溜まってくれば整理整頓。折角作ったそれらを、ただ自分や弟子らが見るだけでは勿体ない。今も同じですが、建築の営業をするのに現物を持って歩く訳には行きません。完成物件の見学に現地へ来てもらうのも、お客さんの都合もあるしで、やっぱり大変。なので、写真にしたり図面にして営業ツールにしたくなる訳です。

ウチはこんなスゴい物をしっかりやってるんだぞ。って自慢の書になって、広まって行く。
そして公刊本が産まれる。しかもブランド価値を高めるために、その発生がホントかどうかは別に流派を勝手に名乗る。その時代もナニナニ流、ナンヤラ流とあったようですが、比べるとよ〜分からん違いだったり。

人の考える事は、今も昔も変わらんのだな。別な次元でついつい感心してしまいました。1時間半ぐらいの講義でしたが、眠気も起こらず来て良かったです。道具館に所蔵されている当時の巻物が、講義の為に本日限りの公開もあったオマケ付き。400年も昔の図面が並んでおりました。筆で描かれた図面と言うには、製図ペンで描いたんじゃないの?って思いたくなる精緻な絵です。
ホ〜とか、ハ〜とか、ヘ〜とか、見ている皆さんのため息が聞こえていました。こんな伝承では全くあきまへんが、頭に残っているうちにまたメモっておきます。

西洋でもそうであったように、日本の建築も美術、哲学、数学といった分野と密接な関係を持っていました。大学での西洋建築の講義はそうした関連が強く意識されて、話が展開していたように記憶しますが、今回伺った話で、日本の建築もそうであった事がよく分かります。

数学。日本の建物は西洋のものと違い、柱、梁と言った線で構成されている建築と言っても過言でないと思いますが、随分古い建物でも、きっちり垂直・水平、直角でもって建っています。その点、日本人は古来からきっちりしているみたいです。
ピタゴラスの定理で3・4・5の辺の三角形が直角を生成することは、大工さんたちは経験的に伝わっていますが、正五角形の作り方なんかも、先の秘伝書に紹介されていました。しかもごく身近な方法で。

建築の体系化が進んでいけば、様々な形を種類分け、分類分けしたくなるのは今も昔も変わりません。寺社に見られる跳ね上がった屋根の形状も、幾何学的に分類されていたりします。正直もっと感覚的なものかと思っていました。
一人の棟梁が頭の中の設計図で工事を進めるだけならまだしも、時代が進み請負工事といった組織的な建築工事が発生すると、そうした図面化の必要性がさらに強まります。大勢の人に説明するのに、こんな感じ、そんなぐらいなど、感覚的な説明だけでは伝わりませんし、設計者はどの業者が請け負っても思った物が出来ないと困る訳です。

また工事金額の相見積りをするには、それぞれの請負業者に図面を渡さなくてはなりません。
よって、昔の棟梁は仕事を得るためには数学もできないと金勘定もできない。如何に安く工事が出来る様にするか頭を悩ませるのは、これまた今と全く変わらないわけです。秘伝の教科書には、ちゃんと積算(見積)についても書かれていますし、どれだけの人工(にんく)でどれだけの仕事ができるか、そうした事も記述されているそうです。しかも例題付き。う〜ん、頭が痛い。。。
なので、和算の学者さんが建築設計や工事に関わっているのも当たり前のようですし、複雑な建築様式が発達すれば、数学も伴って発達していったそうです。
建築って、トータルな感覚が本当に必要なんですね。建築道は険しい。

ところで、正五角形の作り方。お分かりになったでしょうか。
初詣でおみくじを引かれる方も多いかと思いますが、大凶なんかが出た日には、真っ先、木の枝なんかに結んで帰りますよね。そこで、きっちりきれいに結ばれたおみくじを思い出して下さい。
その結び目。五角形になっていませんか。言われてみればその通り。講義の最中、ホ〜と感心のため息が漏れてしまいました。

りさいくるノート?

世の中リサイクルとかエコロジーとか、とてもうるさい訳ですが。
(もちろん反対している訳ではありません。。。)
しばらく前には再生コピー紙で、製紙業界がヒックリ返っていました。
個人事務所なので、まだまだ知れているかもしれませんが、
日々の業務の中でも、紙の使用は充分にトテツモナクあります。
コンピュータだ、ITだとか言っても、紙媒体は永久不滅です。
それでも当事務所にはコピー機がありません。むろん経費削減ではありますが。
いや、開設以来IT化を押し進めた結果です?
単に、コンビニーで充分まかなえるだけですが。
事務所の業務で一気に使用済みコピー用紙が増える時期があります。
見積の前後。
50枚ほどある図面を相見積する工務店さんにお渡しする時は、ドッと減りますが。
その前は、図面の訂正チェックについついプリントアウトを繰り返してしまいます。
見積後、業者さんから2部ずつ見積書をもらいますから、A4用紙(たまにB5)が、
ドドドッと増えます。
さらに減額調整に入ると、また一部、また一部と増えて行きます。
そんなわけで、机の前に山積みになっていました。
FAX用紙や打合せ用紙に使いはするものの、なかなか減りません。
気がつけば余裕で1000枚以上はありそう。
先日、せっせとホッチキスを外し、奇麗なものはプリントアウト用に。
B級用紙はノートにしてしまいました。
折角なので、残しておいた映画のチラシを表紙に貼って自家製ノートです。
写真はB5版ノート。世界唯一のオリジナルラクガキノートになりました。
工務店の皆様。モウシワケアリマセン。
小さい頃、親父さんが会社の使い古したコピー用紙でノートを作ってくれていました。
今見返せば、赤面するような恥ずかしい落書きで一杯です。
今更作ってはもらえませんから、自主制作ノートでシッカリ恥ずかしくない落書きします。
これも世の貢献になるのかな。

81LAB GALLERY

今日はマチに出るついで、気になっていた写真ギャラリーを覗きに行きました。
81LAB GALLERY
船場問屋街の南。どんな経緯でこんな具合に建ったのか。
建築屋心もくすぐる、今だと考えられない両脇挟まれた小さな古いビル。
偶然見つけた81LABという写真サイト。
フリーマガジンを発刊していて、しばらく前から定期購読していました。
届いた誌面を見ながらバックナンバーが欲しくなって、さらに興味が湧き、
機会があれば行ってみようと思っていた訳です。
実はこのエントリを書き始める前まで、作家のプロフィールとかよく見ずにいたのですが、
改めて見ると若い。主催者のお二人もひと回りぐらい若い世代でした。
新鋭の写真家たちが、集まってこのグループを支えている様。
採算のとれないだろうマガジンも自費出版だそうで、
若い世代の勢いに、正直感心してしまいました。
若いな〜。完全にオヤジ状態です。
ここ数年、デジカメやネットのお陰か、写真の世界は賑わっていると思います。
女性の写真家や若い写真家が、取り上げられるのを見る機会も増えたと思っていました。
そんな勢いを目の前に見た気がします。
こりゃ負けられん。ますますオヤジ状態に陥っています。

12ヶ月点検で

先日の事、整備工場で一年点検を終え、さあ帰ろうとしたところ、
走り出して数分も経たないうちにトラブル。
2号線を意気揚々と走っていたのが、パンクでもしたのか妙な制動がかかった。
ギシギシ言い出しコリャマズイ、車を脇道に停めて降りてみると、
左後輪のホイールから煙がモクモクと。油が焦げ付くような嫌なニオイ。
オイオイなんだよ〜。と、整備工場に電話をして直ぐに来てもらった。
どうやらハブの締めすぎで、ベヤリングが圧迫されすぎたのが原因の様。
ディーラーの工場でないと直せないとなって、代車の用意に1時間は待たされた。
数日後、直りましたと言う連絡で、再び整備工場へ。
車を受け取って、ちゃんと直れば文句無し。の筈だったが、
再び2号線を意気揚々と走りだすと、今度はタイヤの溝に石でも噛んだのか、
タイヤの回転に合わしたようなリズミカルな振動がお尻を突く。
30〜40Km/hぐらいだと、頃合いの良いマッサージ機の様だ。
降りて見回しても特に異変は無い。その日は帰ったが数日しても様子は変わらず、
またまた整備工場へ。で、これまたディーラー行き。
それにしても、2度もこうしてくるとさすがにかなわない。
整備の後、整備士さんたちは試乗してみないのだろうか?ふと疑問になった。
動かしてみれば気になったに違いない。気になれば一言欲しいもの。
大袈裟に言ってみれば、整備の直後だし整備士さんに命を預けるに等しい気分。
こちらにすれば、相手はプロだし間違いないだろうと信頼する。
とは言え古い車だから、こちらも文句の付け様はあるかもしれない。
その振動が整備後のものかどうか、だれも証明出来ない訳だし。
整備士さんのこぼす言葉にそんなニュアンスが見え隠れした。
としても、そんな振動が毎度だとコッチも気持ち悪い。
気持ちは分かるが、肩を落とさずしっかり診てほしい。
そんなやり取りをしながら、メンテナンスって簡単じゃないな、と思ってしまう。