おお片付け

OOSOHJI

昨日で本当は仕事仕舞にするつもりだった。
が、一昨日に友人と飲みに行った加減で、昨日の大掃除はまったくはかどらない。
そもそも大掃除なはずなのに、昼から出ても終わる訳が無い。
大掃除は諦めて、大片付けに徹していたのだが、ゴミ山どんどんうずたかくなってきた。
部屋の入口はなんとかすり抜ける隙間しか残っていない。
腹を凹まさないと通れなくなってしまった。
このゴミ山のまま年を越すのは、さすがにちょっと耐えられない。
という訳で、本当は前日に予約を取らないといけないゴミ処理場に今朝頼み込んで、
朝からせっせとゴミを捨てに行った。
事業所の燃えるゴミは持込みすると10キロあたり90円かかる。
ま〜せいぜい1000円ぐらいだろう、と思ったのは甘かった。
結局、おおよそその3.5倍くらい払うはめになってしまった。
ほとんどが要らないカタログ類。
整理を悩み始めると終わらないから、目をつぶってくくってしまった。
思い切って処分をしたから、それぐらいで済んで良かったと思う方がよいのか。
ともかく急に力仕事をしたおかげで、今はヘトヘト。
焼却場でゴミを次々なげ込むのが快感になっていたから、当たり前か。
でもお陰で、ゴミ山を目の前にせず年を越せるので、良かった良かった。
机の廻りはまだまだ未整理だけど、気分はかなりスッキリできた。

*UINNESS

このエントリでめでたく、ぼそぼそは500回となりました。
新年からは気分を改め、別のブログを使って始めます。

皆様よいお年をお迎えください。

そろそろ年賀状

と、考えるのが今更だが、
昼ご飯ついでに、ようやく年賀状を買いそろえた。

年賀状を買う前に、市役所にある銀行のATMでお金を降ろそうと並んでいると、
なにやらトラブルか、若い奥さんらしい女性がプンプンしている。
どうやらATMの機械の調子がおかしいようだ。
カードか通帳が詰まって出て来ない様子。
行員の人が表に出て来たり裏に入ったり、頭を下げながらソワソワしている。
列に並ぶ人はそれでも止めようとしないから、つい一緒に並んで様子を観ていた。
自分の番が回って来ても、まだ奥さんはプンプンしている。
2台しかない小さい場所だったので、横に立つと殺気を感じる。。。
そんな事を思いながら自分の操作を始めると。。。
え、なんか反応が悪い。
暗唱番号を押えても、ちゃんと読んでくれない。
カードはすでにスルスルっと機械に飲み込まれてしまっているので、今更止められぬ。
どうにか金額入力の画面に移って、画面を押すも、違う金額を表示する。え?。
横からの殺気は変わらず、嫌な気配が漂う。焦ってくる。
ふと見ると、コートの袖が画面に触れているのに気が付いた。もしや?
そんな気合いの入った金額じゃ無いけど、思わず腕まくりしながら画面を押した。
袖が問題だったか分からないままだけど、無事お金は降ろせた。ふ〜。
奥さんの殺気に翻弄されたのか、ホントに機械がおかしかったのか。

夜、年賀状のウラ面アイデアは湧かぬまま、オモテの住所印刷を始めた。
すると次に調子が悪いのはプリンタ。30枚ぐらい行ったところで、紙送りができない。
え〜、待ってよ〜。思わずプリンタに声を掛けてしまう。
アレコレしても調子が戻らないので、別なプリンタに切り替え、ともかく終了。
予測の時間は遥かに越えるし、2枚を無駄にしてしまった。
調子の悪くなったプリンタは、ナンダカンダもう結構な年には違いない。
メーカーに一度修理に出した経緯があるので、そろそろ寿命の雰囲気を醸し出していた。
そう言えば、携帯電話の電池もそろそろ寿命っぽく、充電が切れるのが早くなって来ている。
年末になるとこういうトラブルって多い気がするのだけど、
今年も残す所、後5日。
スッキリ片付け、歳を越したいものです。

カキノイエ:足場が外れる,足場撤去

年の瀬に:石井修

昼頃、事務所の扉がガラっと鳴ったと思えば工務店の社長さんだった。
年末の挨拶ということで、カレンダー片手に突然の来訪。もちろんアポ無し。
久しぶりにお会いしたのでしばらく話をした。
工事をお願いした物件の話は花が咲く。
担当した監督さんや棟梁、大工さん、業者さんの工事中には聞けなかった身内の話。
そしてついつい、他に関わりを持たれている建築家さんの話。
そんな中で、社長の口から必ず出てくるのは故・石井修先生の話。
この工務店さんが石井先生の仕事を請け負う様になったのは、15年程前からの事だそうだ。
石井先生がすでに70を手前にした頃になる。
先生が大手建設会社を退職して設計事務所を開いた時には、すでに40を過ぎている。
西宮市目神山には石井先生の一連の名作が多く所在しているが、
自然と対峙、共存するかのようなシャープな印象を受ける初期の作品は、
すべて40を過ぎてからの仕事と言う事になる。遅咲きの建築家なのだ。
竹原義二先生が20代後半で石井先生の弟子になったのもその頃。
そして、石井先生は85まで仕事をされていた。
その年齢になっても、いや、なったからこそ、がむしゃらに建築と向き合っていたに違いない。
そう考えると、40を過ぎてしまった今の自分が、なんとガキンチョな事か。
まだ40年以上ある。話を聞いている内、少し恥ずかしくなった。
もうひとつ。
石井先生の仕事は、木、鉄、コンクリート、、、素材を出来るだけ自然な状態で使う事が多い。
おのずと新建材や工業製品を材料として使う事が少ない。
だからなのか、メンテナンスが実に少ないのだそうだ。
材料が古びても、それが味わいとなって住まいに同化し、交換する必要が無い。
石井先生と懇意になっていた方が、目神山の裾に工務店を始めたが、
メンテナンスではほとんど儲けにならなかった、と社長さんはその方から聞いたそうだ。
100年、200年住宅とは本来そう言うものでは?そこに、キーがあるのでは?
そんな話をしながら、2度恥ずかしくなった。
こうした石井先生のエピソ−ドは、社長さんの口から止まる事が無い。
最後に、そんな建築家は他に知らない。のだそうだ。
むろん予算あっての建築普請だが、それを口にしては罰が当たる。
本当は何がやりたいのか、もう一度考え直したくなった。
年の瀬に良い話を聞けたと思う。