つけ

時間はあるようで無い。
スケジュールを正すと、いままでのどんぶり勘定につけが回る。
自分の出来ることなどたかが知れていて、
そんな事は分かっていたはずなのに。。。と後悔する。
きっちり決めていたはずのスケジュールも、
ハプニングに巻き込まれて、無造作にかき回される。
仕事は大概そんなもの、ではイケナイ。と、右往左往している。
眉間にシワを寄せながらエクセルをにらむ。

パラドックス

建築のデザインとは何ぞや?
と考えさせられるきっかけは、日頃の業務の中で度々訪れるもの。
現象的、表層的なものから、根源的、深層的なものもある。
時代、地域、環境、生活などなど、様々な要素が複雑に絡み合っている。
その中から何を選び出して、昇華(消化)させて行くのかは、
さまざまな人間に絡まれながら、日々頭を抱え込む設計者(デザイナー)の
趣味や趣向に最終的に左右されるのは必然に違いない。
どんなに客観的に理論づけて設計を進めても、どこか恣意的な操作がはいる。
ならば思い切って濃厚な個性を打ち出すのか。

今日は、ある住宅プロジェクトのデザインの方向性について、
関係者が集まりブレーンストーミングをした。
恰好良く書いたが、なんだかますます迷いが増えた。。。
普段個性的な施主さんに恵まれると、個人の住宅に一般解がある訳がないと強く思うのだけど、
商品としての住宅を企画する今回のプロジェクトでは、まるで逆回転。
普遍的な家族像を求める訳では無くとも、なんらかの共通項を見いだし一括りにまとめようとする。
対象として狙うある方向性をもつグループにいかに訴えかけるのか。
そのハートを的確に掴むのも、建築のデザイン?だろうか。
まるで流行に敏感でありたい自分と、流行に左右されたくない自分が共存する
パラドックスのようなものかもしれない。

仮設劇場

昨晩、コンペによって建設?設置された仮設劇場「WA」で行われた
シンポジウムを聞きに行きました。
ビニールの透明チューブと白い布の短冊によってドーナツ状に丸く囲われただけの空間です。
大阪港の倉庫の中に設営されていました。
最優秀となりその劇場を設計した建築家も参加しているという事もあって、興味津々。
印象は劇場というよりも演劇をするための装置といった赴きでしたが、
此処で行われた演劇祭がどんな様子であったかは見逃してしまったので想像するしかありません。
最終日と言う事もあってシンポジウムの後、クロージングパーティーに参加。
折角なのでその建築家の方に声を掛け、少し話を聞いてみたりもしました。
現代アートの作品にも見える、洗練されたシンプルな空間は、
建築家と話をしたドライな印象ともオーバーラップする気がします。
なんとなく関西の気風と違うよな。
そんな印象を持ったのは僕だけではないような気がしますが、
どこからそんな印象を持つのかが、むしろ自分自身の興味かもしれません。

屋台で買った「もつなべ」が結構いけました。

マンガの図面

このところは朝から晩までずっと図面に向かっている。
ようやく全体が見え始めてきたものの、なかなか終わりは見えない。
大抵、ひとつの物件でおおよそ50枚前後。
今描き進めているのは、少し規模があるので70枚近くになって来た。
これらの図面を行ったり来たり。
フ〜フ〜ハ〜ハ〜言いながら机にしがみついている自分を客観的に見ると、
どう考えてもTVのブラウン管に現れるような建築家のようにスマートにはいかない。
恰好良く仕事をしている自分を想像したいのだけど、
どう考えてもベタな気分が拭えない。
なのに現場に立つと先生と呼ばれる。(ほとんどイヤミにしか聞こえない)
ブタもおだてりゃ木にのぼる。。。(設計屋はきっとみな同じなハズ)
そんなフレーズが頭を駆け巡りながら、現場が始まればこれまた行ったり来たり。
とは言え、そうして図面に描かれた建物がいつかは立ち上がる。
職人さんから図面をマンガと呼ばれる事は少なくなった気がするけど。
そこに描くストーリーこそが面白い。

争奪戦

夜の争奪戦は熾烈【しれつ】を極める。
冬の夜食の定番はブタマンと決まっていたが、
季節も移り変わり、この所はパンかオニギリ。
大概は適当に買って来てもらって、
相変わらずジャンケンで好きな物を獲得するのが恒例。
最近、ダイエットにいそしむ所内の某女史が
食材を裏返し、何より先にカロリー表示を確認するようになった。
意地の悪い男どもはさっさとジャンケンに勝って、
澄まし顔で女史の狙いに手をつける。
確率論的に考えれば、本来は均衡のとれた勝負なはずなのに。
こういうジャンケン強いんですよ。と豪語するものあり。
負けず嫌いの女史は毎晩時間になると、
お腹空きませんか。と勝負に挑む。
が、結果はなぜか想像の通り。
夏になって体重計の針が大きく振れれば健康的な証拠。

米寿祝い

昨日は母方祖母の米寿祝いに親戚一同があつまりました。
88歳。
自分の年齢と比べれば倍以上になります。
小さい時分は盆や正月にこの祖母の家に親戚が集まりました。
今はそうしたことも無くなってしまいましたが、
たまに一人で実家まで母親の顔を見に遊びにくる、まだまだ元気なばあちゃんです。
祖母の家に行くのが好きでした。
昔ながらの木造2階建ての長屋作り家ですが、
狭く急な階段に布団を敷き詰めて滑り台にしてみたり、
石工だった祖父の工房にこっそり潜入してみたり、
ふすまや障子で区切られた空間を自由自在に走り回り、
子供にとってとても開放的なものでした。
久しぶりに祖母に会い、そうした頃の事を思い出します。
お祝いを前に、祖母は小学校時代の校歌を急に思い出しました。
会の最後、立ち上がって小さな身体を壁に寄りかからせながら、
みんなの記憶に残ってほしいと歌ってくれました。

序章

蒸し蒸しするうっとおしい季節になりました。
この頃は事務所の皆がうだりながら、図面に向かっています。
除湿器や扇風機でごまかしながら、けだるく過ごす毎日です。
季節感が増幅される当事務所には、まだまだ序章。
この夏もまた格闘となるのだろうか。
エアコン解禁まであと何日?

電話の勧誘

昼間に某電話会社からの勧誘の電話。
新サービスにさも皆が自然に移行しているかのような、
言葉巧みな言い回しに一瞬とまどう。
安くなるならいいですよ、と言ってみたものの、
なんだか急がされているような雰囲気が腑に落ちない。
気になるので、ネットでサービス内容を確認してみたら、
多少は安くもなりそうだけど思った程のお得感も無い。
準備万端に申込書をファックスで送って来たが、
体よく断り申し込みは見送った。
それにしても、いまだ電話のシステムはよく掴めない。
乱立しているものの、なにが良いのか複雑極まる。
まるで保険の勧誘と同じで、微妙な差異を誇張して宣伝するから、
消費者も判断がつかず見極められない。
まんまと言葉にのせられ、申し込みをしてしまえば、
結局得をするのは、成績を上げた営業マンだけかもしれない。
世の中を理解するのは骨が折れる。

目論み

久しぶりの地鎮祭。
なんだか仕事が少ないと言ってるみたいな感じだが。。。
そう言う訳では無い事にしておこう。
朝から式の前に施主さん宅で慌ただしく工事契約をすませ、近くの現地に向かう。
公園と田んぼに囲われ、緑に恵まれた環境。
周囲には土壁の町家や農家も残るこの地に、不思議な住宅が建つ予定。
また、それを目論む設計士とそれを望んだ施主。
望むか望まないかは別に、計画に協力してもらうことになった施工者。
施主さんからの始めてのメールからおよそ一年が過ぎる。
あと半年も経てば、その結果がここに現れる。
雨になるかと心配したお天気も味方になり、無事地鎮祭が終わった。
お昼はずっと行きそびれていた具沢山のカレー屋さんへ行き、みなで食事を取り、
少し離れた町並み保存をしている商店街へ移動。
商店街の町並みに掛るお店の「のれん」が、
その以前に直島のアートプロジェクトで見た町並みに掛っていたものとソックリだと思っていたら、
まさしくその発祥の地であった事にビックリ。
不思議な縁を感じる。
帰り道の小学生が、見知らぬとも町の大人たちに向かって「ただいま」と挨拶をする。
「お帰りなさい」と大人たちもそれに応える。
風情の残る、温厚な情景にほっとする。
現場はスタッフに任せて、設計士は街探索にいそしもうかと新たな目論みを考える。
ほっと出来ない人もいる。か。