構内につまれた古樽
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JR近江八幡駅から近江鉄道に乗り換え、八日市市の駅からタクシーで15分程、サントリーの近江エージングセラーという施設があります。その中に「近江クーパレジ」という洋酒樽の製造工場があり、そこへ見学に行きました。
さすが大企業、サントリーの施設だけあって施設の入口からもタクシーのままゆったりした構内を少し行くと、樽工場が見えてきます。まず目にしたのは、廃棄前の古樽が山高く整然と並べられている様子。タクシーの中にいてもウヰスキーの香りがしてきました。
古樽
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まずは近江クーパレジ社長の立山さんから樽のお話や、会社の歴史などを聞かせていただきました。
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樽のお話の中で興味をひかれたことは、まず、日本人として最初に洋樽作りに携わったのは、かの有名な?ジョン万次郎さんだったこと。樽作りの道具は、太鼓や木造船の道具に類似していること。ウヰスキー樽の材料はオーク(樫)と言われているが、水楢が使われていること。樽の良し悪しが、ウヰスキーの品質の5~6割を占めること。
そして、樽が太鼓腹なのは強度を増すこともさながら、600キログラムになる重い樽を自由な方向に転がしやすいこと。なるほど~と納得。
構内の様子
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「近江クーパレジ」は現社長のおじいさんにあたる立山源丞さんが、明治の終わり頃に独立してセメントの樽作りを始められたのがそもそもスタートだそうです。それから紆余曲折ありながらも、サントリーの専属となり現在に至りますが、当初手作りで月産10~17丁(樽)が、昭和の30年代にはトリスなどの洋酒ブームもあり、工場も機械化され月産1800~2000丁にもなっていたそうです。
ただ、現在はウヰスキーの売上は減り、年間でも100丁ほどしか生産されていないらしく、今3人ほどしかいない樽職人の後継が問題のひとつになっているようです。ウヰスキーも10年くらいは樽で寝かせていますが、樽作りを一人前になるまでに10年ぐらいはかかるという話しですから、みんなもっとウヰスキーを楽しまないといけませんね。
板材の敷き並べ
フープのはめ込み
手慣れた作業
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樽作りの一連の流れをビデオで見せて頂いた後、工場の方へ向いました。
おもしろいのは、機械化されているとは言え、樽の側面に並ぶ板の巾はマチマチ。樽型にするため板それぞれは少し紡錘形に製材されています。そのまちまちの板を写 真に見る筒状の機械のなかに敷き並べ、筒状に並んだ板をを拘束するフープ(タガ)をはめて行きます。板巾に規格を作るときっちり合わせるのがむしろ難しいのだそうです。
板それぞれの側面は平滑でギュッと締め込む圧着だけで水を透さなくします。大事なのは板の密度や性質を見極めること。なかには水をもらしてしまう材料もあるので、一瞬でそれを選別 するのだそう。説明されれば分かりますが、流れ作業の中でそれをするのはやはり職人技です。
また、樽の上下のフタも締め付けで圧着するだけ。フタの加工はほんの少し楕円になっていて、締め付けられることでほぼまん丸になる訳です。
板は原酒を含んで少しは膨らむでしょうが、それだけで長いものでは50年も使うのですから、途中で修理することもあるとは言え、よく漏れないものだと感心します。
また、出来上がった樽の中は、銘柄によって焼いたり、薫製したりしもします。
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ここに来てはじめて樽を使いまわすのだと知りました。お酒ができるまで一度きりのものだと思っていたからです。
出来たての樽は成分が出過ぎるので、スコッチには合わず、バーボンを作るのに使うのだそう。
修理中の古樽
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一通り工場の見学の後、ウヰスキーの貯蔵庫も見せて頂きました。見た所、4階建てくらいの大きさでしょうか。搬出入のリフトが動く一直線の通 路だけに天窓がある巨大な暗い倉庫です。
立体駐車場と言うべきか、樽が整然と寝かされている様子は壮観です。出入り口付近に立つと、ウヰスキーの香りが、鍾乳洞の前に立ったときのように冷気と共に身体を包むような気がしました。
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樽の生産量が減っている事を先に書きましたが、それでも「近江クーパレジ」さんは技術を絶やす訳にはいきません。
なので、現在は親元のサントリーさんの許す範囲のなかで、樽作りの技術を使って、新しい事業を展開されようとしています。
太鼓など楽器もその一つです。
また、廃棄処分される古樽を解体して出来た板材を、家具にしたり建材にされたりもしています。
貯蔵庫
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ゆったりとした時間の流れを感じる半日でしたが、そこには確かな技術があり、なくてはならないモノがあるような気がします。ウヰスキーが出来上がるまで、短くても10年。現代の早い時間の流れの中で、先を読んで行くことはとても難しいことです。10年先にどんなお酒が好まれるのか誰にも分からないし、その時にどんなお酒がここで生まれるのかも分かりません。
ウヰスキーの消費量が減れば、技術を維持することも難しいと思うと、社長さんが柔らかく、みなさんにウヰスキーを飲んだもらいたいと言われるのが、身にしみるような気がします。私自身もお酒は嫌いな方ではありませんが、この時ばかりは、酒好きの親父にまだまだ現役でいてもらわないと、と思う限りです。
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見学を終えた帰り道、貯蔵庫の前で吸ったウヰスキーの香りで、こころもちほろ酔い加減な気がしました。もしかしたら、電車のなかで顔を赤らめていたかも知れません。
材料となる樹齢200年くらいのオークの切り株
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【案内】
近江クーパレジ株式会社
〒552-0063 滋賀県八日市市大森町字池谷863-1
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【参考サイト】
「リサイ樽・08-09.com」
「サントリー樽ものがたり」
廃棄の樽を使った家具や小物の販売もあります。
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